「標準神話」の解題-レヴィ=ストロース批判⑥
レヴィ=ストロースを、その論敵であったプロップの立場からぶった斬る4回目です。ここからはレヴィ=ストロースの大著『神話論理』をテキストに使います。
◆南米インディオの「標準神話」
同書では、南米インディオのボロロ族のある神話をM1「標準神話」と設定して、そこからさまざまな神話の分析へつなげています。
ではまずその「標準神話」なるものを紹介しましょう。
【M1-コンゴウインコとその巣】
①少年たちの成人儀礼が間近になった。女たちは、その儀礼で使う飾りを作るため森へ行く。ところが一人の少年がその母をつけていって、森の中で母を犯した。
②息子の犯罪に父が気づいた。父は息子に殺意を抱き、彼に「死霊の巣」へ行けと命ずる。だが祖母は少年の味方で、彼に「ハチドリの援助」を求めよと忠告した。少年は助言に従い、ハチドリの援助でぶじに生還した。
③すると父は、少年を「鳥の巣あさり」に連れてゆき、崖の上に彼を置き去った。少年はトカゲを食べて命をつなぐが、餓えと汚物まみれで瀕死になる。
④死にかけた少年の「尻」をコンドルが食べてしまい、彼は下半身を失った。もうハラワタもなくなったので、彼が食べた物はみな腹部から出てしまう。ところか彼はイモで「人工の尻」をつくり、それを新たに装着して戻ってきた。
⑤戻ってくると、村は嵐で水没していた。村では全ての火が消えて、少年の祖母のところだけ火が残っていた。
⑥少年は、弟と共謀してその父を森へ誘い出した。そして鹿に変身し、その父を川へ突き落として殺害した。さらに彼は父の妻たち(自身の母ふくむ)にも復讐した。
◆レヴィ=ストロースは困惑している
一読すると「何じゃこりゃ?」って感じでしょう。素人さんならいざ知らず、レヴィ=ストロースも同じです。
なにしろこの話は「母の強姦」から始まってるのに、その少年は罰されず、逆にそれを罰しようとした父の方が殺されてる(それに犯された母までも!)。文明的な倫理観をもってすれば、まさしくトンデモな結末です。
レヴィ=ストロースはこの解釈に、とても苦しんでいるように見えます。そこで彼は神話のうちに「男/女」「文化/自然」などの対立項を探しながら、延々と迷走を重ねてゆく。
ところが僕の見るところ、このM1はとてもシンプルな成り立ちです。では例によって「プロップ流」で解いてみせます。
◆プロップならこう解読する
プロップによれば、「儀礼が崩れて神話になり、神話が崩れて昔話になる」という原則があります。この原則から、神話M1も、儀礼の残骸であることはすぐにわかる。
その儀礼とは、①が明示するよう、「★成人儀礼」に他なりません。すなわち子どもは森へ行き、「死の試練」を受けねばならない。
儀礼が生きてる段階では、このことはむろん「説明不要」です。ところが儀礼が廃れてしまうと、なぜ子どもが森へ行かねばならないのか? なぜ死の試練にさらされるのか? 理由がわからなくなってしまう。
そこでたとえばヨーロッパの民話だと、「悪いまま母が子どもを追放したから」などの理由が後づけされる。これはいわば説明できないものの合理化です。
上の【M1】もこれと同じで、子どもが森へ追われて死の試練を受けねばならないことは決まっている。でもその理由がわからなくなったために、「母を強姦して父に憎まれた」が後づけされてるわけです(つまり、この理由は重要ではない)。
ほんらいは「成人儀礼」の話型であり、少年が試練の勝利者となる結論も決まっている。だから少年が罰されず、敵(ここではたまたま父親)に打ち克つのも当たり前です。
また少年が森へ行くとき、②祖母が彼に忠告します。これも完全に「成人儀礼」の定型です。③餓えと汚物に耐えるのも、やはり試練の定型です。
④「尻を失う」は奇異な要素に見えるが、実はこれも珍しくもない。というのは多くの未開民族では、「死の試練」のうちに「ハラワタの交換」というのがあるからです。
つまり彼はもとの内臓を抜き取られて、新たな内臓を獲得する-という儀礼が演じられていた。シベリアやエスキモーのシャーマニズムでは定型の一つであり、よく神話にも出てきます。
この「ハラワタの交換」が、ここでは「尻の交換」として語られているだけのことです。この「尻」がハラワタを含むことは、④の話中で明示されています。
⑤「祖母だけが火を持っていた」は、ほんらいは別の要素で、「火の起源」神話がここに接合したものです。
どうでしょう? レヴィ=ストロースが「軽蔑」していたというプロップのやり方だと、この解読はほんとうに簡単ではありませんか?
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