『書紀解論』のまとめと目次
『書紀』を軸に、日本古代史の解明に挑んだ当シリーズ。なんとも長々と引っ張ってしまいました…。
まだ書き残しもあるけれど、いったんここらで「上がり」にします。
今回はシリーズ目次を示しておきます。全部にリンクを張るのはメンドーなので、★要点記事だけにしときました。手っ取り早く当説の概要を見たい方は、まず(十二)の表1を見てください。
◆第Ⅰ部-景行の死後動乱
「天孫降臨」神話の謎を、「神功東征」史実の書き替えとして解読しました。なお当説の背景については、「★邪馬台国④」も見てください。
★一)仮説【ヤマト創世記】
二)仮説【ヤマト創世記】Ⅱ
三)分解された「景行」伝承
★四)【天孫降臨】は【神功東征】の異伝である
五)武内宿禰・長命の謎
★六)天孫「先遣失敗」の謎
★七)スサノオVSアマテラスの「誓い比べ」
八)アマノオシホミミの妃は何者か?
九)出雲で背命したのは誰か?
★十)出雲臣氏の「正体」は?
十一)『日本書紀』パズルを解く
◆第Ⅱ部-3極による継承戦争
当シリーズの真髄と言うべきパートです。とりわけこの前半部は、よく説得力を持って書けていると思います。
★十二)『書紀』構造はこんなにも重複している
★十三)「神功=神武=吾田媛」の同一性
★十四)神功惨敗!
★十五)「オシクマ王」の悲劇
十六)応神朝と「東国の脅威」
十七)迷いながら考える
十八)武内宿禰について考える
番外)継承戦争・キャラ図解
◆第Ⅲ部-応神から仁徳へ
このパートは、史料上の限界があり、推測が多くなりました。
★十九)『崇神紀』から応神朝伝承を解読する
二十)王は祟られアマテラスは追放され
★二十一)崩れゆく「応神朝」
二十二)応神の出自疑惑
二十三)応神の出自疑惑Ⅱ
★二十四)『書紀』にはトヨが11人いる!
★二十五)仁徳のクーデター
二十六)仁徳クーデターと【原伝承P】
◆第Ⅳ部-『紀・記』総論
ここでは古代史の全体像に挑みました。Ⅰ~Ⅲ史料の考証です。
★二十七)『日本書紀』の制作秘密
二十八)『風土記』から見る古代の王名
二十九)『風土記』の人気王ランキング
★三十)『風土記』伝説量の偏りは何を意味する?
★三十一)「古代史の全貌」一覧表
三十二)『書紀』に操作の痕跡を見る
★三十三)未完の『書紀』と派生書『古事記』
三十四)ヤマトタケル伝説を解体する
三十五)ヤマトタケル伝説を解体するⅡ
◆第Ⅴ部-「日本史」の外側へ
ここは視界を「外部」へ拡大した応用編です。「★古代日本の起源論」も関連記事として見てください。
★三十六)応神朝の渡来者たちⅠ
三十七)応神朝の渡来者たちⅡ
★三十八)ツヌガノアラシトとアマノヒボコ
三十九)「日向の妃」の謎を解く
★四十)「日向の妃」とエウロペ神話
四十一)『風土記』ノート①
四十二)『風土記』ノート②
四十三)『風土記』ノート③
あと最後にちょっとだけ。
古代日本の起源について、僕はもとから【多系統の混成】説を支持していました。基本的には、今もそうです。
だが『記・紀』や『風土記』らの文献資料を見る限りは、「北方系」の要素が強いことは疑えない。これは文献を遺した支配層が、主に「北方系」であったためではないか-と考えます。
「北方系」を重視すると、結果としては【騎馬民族説】に近くなります。
ちなみに【騎馬民族説】を提唱した江上波夫氏は、初期にはストレートに「騎馬軍勢の大征服」を想定したらしいが、後には「南韓での民族混合」を重視する姿勢になったらしい。そうすると、修正された江上説は【多系統の混成】説に近づきます。
結局、両説は、異なったルートから同じ山頂を目指している試みなのかもしれません。
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