〈魏志東夷伝〉の世界
なりゆきで日本古代史に足を突っ込んでしまいました。皆さまご承知かと思いますが、この話はメチャクチャめんどくさいのです…。
まあ、とにかく。
この方面の基礎史料が、陳寿『三国志』中の〈魏志〉中の〈東夷伝〉です。この〈東夷伝〉中にまた例の〈倭人伝〉があるわけで、多くの人はそこだけ抜き読みするんだけど、それじゃ話がつかめない。全体像が見えないでしょう。
もっとも〈東夷伝〉の範囲は広くて、東どころか、西域・インド(天竺)・パルティア(安息)・シリア(条支)・ローマ(大秦)まで扱ってる。これも色々おもしろい問題があるんだけど、ここではホントに東方諸国だけ扱います。
以下、〈東夷伝〉を軸に解説します。

①鮮卑(せんぴ)②烏丸(うがん) …両者はもと同族。テント生活の遊牧騎馬民。一時は匈奴族を追うほど強大化したが、曹操らに征圧された。
③挹婁(ゆうろう) …もとはパレオ=アジア系の粛慎(チュクチャ)族の居地。豚を飼い穴居生活。東夷のうち最も未開的という。弓戦に巧み。粛慎族を扶余族が征服したもの?
④扶余(ふよ)…北方の高離国から分かれて南侵した牧農民が、濊人らを征した国らしい。勇猛で、階級制の紀律が厳しい。殷暦を用いる。
⑤高句麗…扶余族の別種。清潔を好むが、歌舞飲酒も好きで、風俗は淫乱。荒っぽい戦士勢力で、よく周囲を侵略する。沃沮や東濊も制圧している。
⑥沃沮(よくそ)…高句麗に押さえられた弱国。燕らの亡民が濊族らを支配する複層社会。質朴・勇敢。海産物に富み、牛馬は少ない。矛で歩戦。
⑦東濊(とうわい)…燕・斉・趙らの亡民が、土着の濊族を支配する複層社会。また高句麗の同族ともいい、言葉・文化が共通。質朴・厳紀。虎神と自然崇拝。タブー多し。長矛で歩戦。
⑧馬韓…「古代三韓」の中心地で、その盟主たる扶余姓の「辰王」を擁している。もっとも統一政権でなく、バラバラ諸族が雑居状態。うち馬韓は五十余国。秦初に燕・斉・趙らの亡民が多く入り、また漢末には濊人も流入した。定住農民で、牛馬を軽んじ、勇武。イレズミする。のちに百済によって統一。
⑨辰韓…十二国。もとは秦からの亡命民が、馬韓によって東辺に居留を許されたものという。言葉や習俗は馬韓と違って、弁韓と似る。のちに新羅によって統一。
⑩弁韓…十二国。辰韓と混淆している。産鉄国。牛馬も使うが、巧みなのは歩戦。イレズミ・長髪など倭人によく似る。清潔・厳紀。歌舞飲酒が好き。ここの伽邪(かや)国を、『日本書紀』は任那(みまな)という。伽邪は駕洛(から)とも表記する。
⑪倭…三十国。稲作農耕するが、牛馬羊はいない。イレズミして潜水漁。(支配層では)長幼男女の礼にこだわらぬが、下民は土下座せねばならない。飲酒好き。
なんとも北東アジアの「多民族」ぶりが目につきますね。まだこの頃には「日本人」だの「朝鮮人」だのってアイデンティティは存在せず、多数の諸族が重層・混居していたのです。
この総括は、次回やります。
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コメント
弓木さん、はじめまして。
参考になりました。ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿 降龍 | 11/27/2007 12:23 午後
隆龍さん、初めまして。
こちらこそよろしくお願いします。
投稿 弓木 | 11/27/2007 09:31 午後