『巫〈かんなぎ〉と芸能者のアジア』-韓国の民俗学
韓国映画『グエムル』を、2回つづけてお題にしたので、今夜はそれで思い出しての書評です。取り上げるのは、野村伸一『巫〈かんなぎ〉と芸能者のアジア』(中公新書)。
◆韓国のシャーマニズム
もともと僕はシャーマニズムに興味があるので、シベリアやモンゴルと並んで、韓国もシャーマニズムの本場であることは知っていました。とはいえ、それはそれだけで、そのちゃんとした実態は知らなかった。その点で、同書はたいへん勉強になりました。
はじめに同書が紹介するのは、朝鮮で〈広大=クワンデ〉と呼ばれる宗教芸能者の存在です。彼らは仮面劇・人形劇・話芸・曲芸などを行い、慰霊歌〈パンソリ〉を唄いもする。たいへん古い歴史があって、もとは非-定住の異族が起源であるらしい。
村から村へと漂泊し、恨死した諸霊を演じて祀る彼らは、折口信夫が説くところの「マレビト」そのままの姿です。世の辺縁に生きる彼らは、共同体と死者とのチャンネル機能を果たしており、その意味でシャーマン的な存在でもある。
〈広大〉にとって特別な場所とされるのが、「南道」と称される全羅道で、これは古代の馬韓=百済にあたります(→★参照)。もともと馬韓の民というのは、華北からきたモンゴル系で、これはシャーマニズムの北方起源を裏付けるものでしょう。また同書では、韓国の〈巫覡=ムーダン〉についても詳しい紹介をしています。
◆アジア普遍の民俗学
とにかく同書で面白いのは、お隣韓国と比べることで、日本文化史の見えなかった部分がよく見えてくる…ということです。
たとえば韓国〈広大〉の芸能は、日本の「猿楽」「田楽」などの起源型にきわめて近いと考えられます。秋田の「ナマハゲ」や南島の「トシどん」も、いわゆる〈儺〉としてそっくりの例が朝鮮にも古代中国にも見出される。また韓国の説話に顕著な「恨死した女」という元型は、日本説話の安寿姫・佐用媛・照手姫…らの起源でもあるらしい。
さらに興味深いのは、日本では古代に失われた習俗が、韓国では現存している場合があること。たとえば『記・紀』や『万葉集』に書かれる「魂振り」は、今も韓国のムーダンにより、葬礼のなかで実演されているのです。同書はこれらを写真つきで紹介しており、たいへん貴重な資料といえます。
◆文化の起源に国境はない
ところで僕は「柳田民俗学」があまり好きではありません。柳田国男は、習俗の起源に何があったかを解明しようとしておらず、かわりにただ「ヤマト民族の美しい幻想」を描こうとしているかに見えるからです。柳田は(そして折口も)、朝鮮や中国やモンゴルやシベリアらにしばしば日本と類似の習俗が見出されるにも関わらず、それらを無視して、日本だけの独自性を言い立てる傾向がある。これは彼らの学問が、はじめから「お国のため」という政治的志向に基づいているためです。その結果、事実として見えるべきものも見えなくなる。
前に〈グリム考〉でも書いたけれど、もともと人間文化の起源には国境はなく、それに「民族主義」を装わせるのは、ごく近代から始まった政治的虚構に過ぎません。
この野村氏の著作とか、ウラジーミル・プロップの素晴らしい研究『魔法昔話の起源』を読めば、そのことは誰にでもわかるだろう、と思います。
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