『馬の世界史』
今回は、10/24記事の続きで、本村凌二『馬の世界史』の紹介です。〈馬〉を視軸として全人類史を捉え直した刺激的な試みです。
◆牧畜=農耕は同時発生
ふつう我々は何となしに、「狩猟採集→牧畜→農耕」という発展があったと思いがちです。ところがこれは違うらしい。
前にも採り上げた歴史家フォンターナは、「牧畜=農耕=社会化」は同時的に発生したと述べています。つまりBC8000紀の西アジアで、人類が「飼い慣らし」という思考様態を獲得し、それが一斉に「動物-植物-人間」へ適用され始めた…というのです。
植物の飼い慣らしが農業であり、人間の飼い慣らしから社会権力が生まれました。
ただし他の家畜(山羊・羊・ラバ・牛ら)と比べて、馬の飼い慣らしはずっと難しく、遅れました。本村氏『馬の世界史』によると、ようやくBC4000紀、農耕地帯の周縁で馬の家畜化が発生しました。場所は黒海沿岸あたり、主役は印欧祖族です。
馬は、農耕用でなく、騎乗して狩りや牧畜をするために飼われました。
なお、このとき家畜化された一種をのぞき、他の野生馬種はすべて絶滅しています。
◆「戦車の民」=印欧祖族の大征服
折しもBC2000紀以降、大陸気候は乾燥化して、ステップ地帯が拡大します。これが馬の活躍範囲を劇的に広げました。
もっとも当時は、馬具や騎乗術が未熟なため、騎馬は難しい技でした。「道具」がなければ馬に乗るのは難しい…というのは、ふだん馬に乗らない我々には見落としがちな事実ですね。
初期の馬の活用法で、重要だったのは「車を曳くこと」です。これが軍事用に洗練され、馬の曳く「戦車」が開発されました。
「戦車」を手に入れた印欧祖族は、その機動力で西ユーラシアへあふれ出します。ミタンニ人、ヒッタイト人、カッシート人らです。彼らは先進的な古バビロニア(セム系)を攻め滅ぼし、なお地中海~北インドまでの支配階層となりました。インド神話と北欧神話がよく似ており、サンスクリット語とヨーロッパ諸語がよく共通しているのは、この大征服の名残です。
彼ら「印欧祖族」は、自らのことを「アーリア人」と称していました。ただしナチスがこの語を振り回した後遺症で、今はこの名称は嫌われます。
◆〈騎馬遊牧民〉と〈世界帝国〉
馬具と騎乗術が整ったのは、ようやくBC1000頃になってからです。これは〈スキタイ=シベリア文化〉から生まれました。
〈スキタイ=シベリア文化〉とは、南部ロシアのステップ地帯~南シベリアのアルタイ山地の間で、諸族の流動や混融によって発展してきた文化です。ここからはじめて、馬を自由に操る〈騎馬遊牧民〉が生まれました。なんと〈騎馬遊牧民〉というのは、わりあい新しい発明なのです。
印欧系のスキタイ人は、騎馬の力で農耕文明圏を脅かしました。これから農耕民側にも騎馬術を採り入れて対抗する動きが出てきます。
騎馬を採り入れた農耕民は、軍事力+生産力の両備により、きわめて強盛となりました。〈最初の世界帝国〉アッシリアは、この文化融合から生まれたのです。その跡を継いだペルシア帝国(アケメネス朝)も、またその後のパルティア帝国も、同じプロセスで誕生しました。
アッシリアとペルシアは〈世界帝国〉のモデルをつくったことでも重要です。その覇権や統治スタイルは、のちにアレクサンドロス帝国やローマ帝国などに継がれてゆきます。
◆馬の力が世界を動かす!
こうして見ると、人の歴史は、「よりよく馬を使う者」の圧力によって作られてきた-と言えるでしょう。ペルシア<スキタイ、ギリシア<マケドニア、ローマ<フン、ビザンツ<イスラーム…らの対決では、つねに「馬」度の高い方が克っているとわかります。
これは中国史でも同じで、「周」姜族が「殷」商族を破ったのは戦車の力、「秦」が諸国を薙ぎ倒したのは騎兵と戦車の力に優ったからです。中国の歴代王朝は、つねに西か北から圧してくる騎馬の圧力を受けてきました。のみならず、それら歴代王朝じたい、実は多くが「騎馬民族」の力によって建国されているのです。
地中海~中東~インド~中国の全域で、つねに内陸から溢れてくる「馬」の力が、歴史を変えてきたと言えるでしょう。
『馬の世界史』はコンパクトな文庫本だが、内容がとても濃いので、紹介はこのへんで打ち切らざるをえません。ただ同書はこの後の時代についても、多数の騎馬民の流動を整理して読ませてくれます。東胡、匈奴、フン、ソグド、柔然、エフタル、突厥、アヴァール、ウィグル、マムルーク、契丹、タングート、女真、モンゴル…などなどです。
現実に世界史の起動力となってきながら、不当にも無視されがちな騎馬遊牧民。その重要性を認識するのに、同書は最良の入門書だと思います。
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