漢族の形成
久々に〈起源論〉らしいネタをやります。今夜のお題は、中国の主力民族=〈漢族〉の形成史です。
◆〈漢族〉の多起源性
〈漢族〉はとても大きな民族です。いちおう〈漢語〉が共通語だが、よく知られているよう、その発音は各地で違う。互いに通じ合わないのです。
また中国の各地では、食文化だって違いますね。日本では、北京/上海/四川/広東と分ける「四大料理」が有名です。本場中国では「八大料理」に分けるらしい。
各地の気質も違います。よく論じられるステロタイプは、
「寡黙・質朴で大酒を飲む東北人」
「寡黙・頑健・勤労の山東人」
「よく喋り抜け目がない北京人」
「見栄っ張りで利にさとい上海人」
「直情で激しやすい貴州・湖南人」
「冒険的で喧嘩っ早い福建人」
「勤勉でよく貯蓄する客家(ハッカ)人」
…などなどです。言語も文化も違うのに、一〈民族〉に括られている。
つまるところ〈漢族〉とは、政治-歴史レベルの単位なのです。血統-文化レベルでは、彼らは異質のソースからなる「多民族」なのが明らかです。
◆〈漢族〉の成立
この〈漢族〉というアイデンティティは、BC2世紀の【秦漢】統一から生まれました。つまり「中華帝国に帰属する民=漢族」という意識づけが生まれたわけです。
言い換えると【秦漢】以前の中国は、ヨーロッパなみの「多民族世界」でした。たとえば春秋戦国ごろの、その構成を大づかみすると-
①【魏・趙・韓・斉・燕】-モンゴル系
②【東胡】-ツングース系
③【羌・西胡】-テュルク系
(*なお【匈奴】はたぶんテュルク+モンゴルの混淆集団)
④【楚】-パレオ=アジア系?
⑤【呉・越・倭】-オーストロネシア系
(*ここでの「倭」とは、中国南境の倭族のこと)
⑥【秦】-謎の西域民??
…ということになるでしょう。きわめて大ざっぱな話です。

はじめ〈中国〉の中心だったのは①モンゴル系の【晋】で、これが分裂して【魏・趙・韓】の3国ができた。【斉】は諸族まじりの「吹きだまり」だったといい、【燕】もツングース混血らしいが、これらも後から〈中国〉の内に参入してきます。
さらに時代が下ってゆくと、【楚】【呉越】【秦】…といったもと「異族」が次々に〈中国〉へ参入して、互いに混じり合いながら、どんどん拡大してきたのです。
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コメント
また自注です。はじめこの記事には続編を書いてみたけど、あんまり推測だらけであやふやだったので、いったんアップしたのを削除しました。
ただ、西の甘粛から興った【秦】の民については、その辺境に似つかわしくない「先進性」や、リアリズム芸術の異色ぶりなどから、西方バクトリア(アフガニスタン)やペルシア(イラン)からの流入民だったことを疑う説がある…という点だけを、言っておきます。
投稿 弓木 | 12/24/2006 09:39 午前