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08/30/2007

先史北方の太陽女神-太陽神話考Ⅱ

 太陽信仰を考える2回目です。今回はずうっと時間を遡り、〈先史北方文化〉における太陽像を見てみます。

◆〈先史北方文化〉とは?
 僕は、人類史を考えるとき、〈先史北方文化〉はたいへん重要だと思っています。これは2~1万年前の北中部ユーラシア(東南ヨーロッパ~中央アジア~シベリア)で形成され、はるか北米(エスキモー~インディアン)にまで拡散を遂げたものです。
 旧く東アジアに分布した〈パレオ・アジア文化〉や、先史後期にユーラシアを席巻した〈スキタイ=シベリア文化〉も、この範囲に括れると考えます。
 この文化の特徴は、狩猟・漁労・採集や、季節移動と冬籠もり、シャーマニズム…などにあります。

◆〈生命の母〉という太陽像
 そもそも北方世界というのは、暗くて寒いところです。そのためたいへん「日の光」が尊重され、ふつう「東」が聖なる方向と見立てられた。ここではしばしば太陽は、【生命を与える母霊】と見立てられました。
 いっぽうのイメージは、【死の国への誘惑者】【女を孕ませる父霊】の両面を持ちました。これは矛盾じゃありません。それというのも北方文化じゃ、「死者の霊はまた女の胎に入って還ってくる」とされたからです。
 それでは【太陽=母霊】の像を、具体的に見てみましょう。

▼①-シベリアの旧いテュルク文化じゃ、太陽は【金の編み毛を持つ母神ウマイ】とされました。彼女は世界樹のもとにいて、「これから生まれてくる魂たち」を養っているとされた。ツングース文化にも同系の女神がいて、ウミシ、オメなどと呼ばれます。(韓国語のオモニ、日本語のウムとも関係ありそう…)

▼②-【世界樹&母神】の組み合わせは、スキタイ文化にも図像遺物が残ってます。この図案はのち「樹下美人図」の名で中国・朝鮮にも見られました。北欧神話のユグトラジル樹と女神イドウンの関係も、これに類するものでしょう。
Giwa
▼③-旧い中国神話には、【太陽の母神・義和】がいます。彼女もまた世界樹(扶桑)のもとにいて、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽をジャブジャブ洗って、扶桑の枝にかけて干し、蘇らせる-というのです。


◆太陽は姉/月は弟
 また北方世界では、【太陽は姉/月は弟】ってモチーフも普通でした。これもいろいろに派生したが、例を挙げてゆきましょう。

▼④-シベリアのツングース系ナナイ族には、次のような神話があります。
父は月で、母は太陽だった。二人は年を取ったので、息子と娘に仕事を譲ることにした。息子も娘も太陽になりたがったが、けっきょく娘が太陽になり、息子は月になった」

▼⑤-北米大陸のエスキモーには、次の神話型が広く分布しています。
弟が姉を犯した。姉は恥じ入って天へ逃げたが、弟もそれを追った。姉は太陽に、弟は月になった
 月のアバタは、このとき姉が怒って弟に「炭火」を投げつけた痕といいます。姉が投げたのは炭火ではなく、「切り取った自分の乳房」とする型もあります。

▼⑥-アイスランドの叙事詩『エッダ』は、古いゲルマン神話の痕跡を留めてるが、ここでは【太陽ソルと月マーニ】が姉・弟として登場します。ソルの名は、そのままラテン語にも残って「太陽」を意味します。

▼⑦-日本神話【太陽アマテラスと月ツクヨミ】が姉・弟になってますね。これも明らかに「北方型」です。
 アマテラスについては、なお別回でもうすこし突っ込みます。

[過去関連記事] ★図説・先史祖族の起源
★文明は北方世界で準備された 

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08/25/2007

『パオの物語』&『トランシルヴァニア』

 もう先週の話だが。
 シアター・イメージ・フォーラムで、映画2本をハシゴした。一方の主人公はヴェトナム北境に住むモン族の少女であり、一方の主人公は東欧の辺境をさすらうロマに魅入られた女である。ぜんぜん似てない作品だから、一緒に論じるのも妙なのだが…。
 けれども僕は、立て続けに観て、両作品がフシギに対称性を持っているように感じたのだ。

 20世紀以前、人々はほとんどイナカに住んでいた。都市に住むのはごく一部に過ぎなかった。だが現在は、それとは逆で、人類の大半は都市に暮らす。とりわけ「映画制作者」という種族はそうである。
【モン族の少女・パオの物語】を撮ったゴー・クァン・ハーイはハノイの有名な映画人で、【トランシルヴァニア】を撮ったトニー・ガトリフはパリに住む大物監督。前者で山岳少数民族の伝統生活が描かれ、後者でホームレス的な漂泊が描かれるにしても、その制作者たちが、我々と同じ都市生活者であることは紛れもない。
 この現在、都市の生活は、世界じゅうどこでも似たり寄ったりだ。都市生活は、便利で、ドライで、どこであってもそう差異はない。イナカはつまらなく、都市は楽しい-と誰もが言う。けれども、ときどき都市人は、自分たちが「根のない存在」であることに身震いする。


Pao【パオの物語】で描かれるモン族の伝統社会は、きつくてしんどいものである。とりわけ「労働力」と「子を産むこと」の二つの義務を課せられる女たちにとって、それはきびしい。パオの「二人の母」の悲劇に、「だから封建的なイナカはダメなんだ」というような批判を加えることは、容易である。
 だが一方で、都市人は、「根」を持った彼女たちの生き方にある種の感動を覚えないではいられない。少女パオもまたそうである。たった17歳ながら、家族のために奔走するパオの強さは、都市ではほとんどありえないものだ。ゴー・クァン・ハーイがわざわざこの辺境を題材に選んだのは、故郷を喪失した都市人の「憧れ」からではないだろうか?


Zingarina そして【トランシルヴァニア】。パリを棄て辺境をさまようヒロインのジンガリーナ。その名前からおそらくロマの血であろうと察せられる彼女は、やむにやまれぬ「憧れ」に取り憑かれて、泣きながら踊りながらどこまでも流れてゆく。帰ることも留まることも彼女は拒否する。ロマ=運動性への回帰。故郷なき漂泊者でありたい…というその情熱は、都市人であるガトリフら作り手の「夢」であって、同じように都市人である観客を揺すぶり動かす。

 以前に『愛より強い旅』のときにも書いたが、この現在では、たぶん誰もが故郷喪失者でしかありえないのだ。それが故郷を夢見るときに、あるいは【パオの物語】のような別世界への憧れとなり、あるいは【トランシルヴァニア】のような脱走の情熱となる。一方には笛の音が静かに響き、一方には狂おしい弦の旋律が鳴り騒ぐ。両者はまるきり逆のようでも、「故郷なき都市人の夢」という点では同じである。
 我々は、かつてはパオであったかもしれず、またいつかはジンガリーナのようになりたいと夢を描く。たぶん、世界じゅうどの都市にも、そんな思いが満ちているのだ。

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08/22/2007

「残酷な太陽」の神話-太陽神話考Ⅰ

 いや暑いねえ(←最近こればっか言ってる)。こんな暑いと、太陽が恨めしいです。
 さて太陽ってば、ふつう「ありがたい」イメージだけど、世界の文化を見渡せば、そうであるとは限らない。酷暑地域の文化では、太陽は〈負〉のイメージである場合があります。

◆中東-焼き尽くす残酷さ
 最高気温の世界記録は、イラクで記録された58.8℃とか(1921年、バスラ)。そんなムチャ暑い中東では、やっぱ太陽は嫌われてます。つまり「焼き尽くす残酷な火」って印象で、ありがたいって思われないのね。
 むかし日本の商社が、中東で「日の出マーク」の商品を売ろうとしたけど、現地で「これじゃ売れねえ」って文句言われて、パッケージを取り替えたこともあるんだとか。
 それとは逆に、中東では〈月〉は神聖なイメージです。静涼をもたらす「神の慈悲」。だからイスラームの象徴も〈三日月〉だし、それが国旗にも使われてる。
 ちなみに中東で〈星〉と言えば、「ダビデの星」を国旗とするイスラエルが連想され、これも今のイスラーム諸国では好かれません。

◆インド-破られるべき宿敵
 同じく暑いインドでも、太陽のイメージはそんなよくない。たとえば古代経典『リグ・ヴェーダ』じゃ、神々の王インドラは、雷・雨雲・嵐の神です。いっぽうその宿敵ヴリトラは、干魃(日照り)を象徴する邪悪な龍。インドラがヴリトラを殺すことで、恵みの雨季がくるという。
 さらに叙事詩『マハー・バーラタ』も、上の図式を踏襲してます。これは複雑な物語だが、全編の「華」と言えるのが、アルジュナvsカルナの決闘です。
 英雄アルジュナは「雷神」インドラの息子であり、その宿敵カルナは「太陽神」スーリヤの息子です。そこでアルジュナvsカルナの決闘は、〈雷雲〉vs〈太陽〉の戦いでもあるというわけ。もちろん〈雷雲〉アルジュナが勝ち、〈太陽〉カルナは殺されちゃいます。
 もっとも『マハー・バーラタ』じゃ、カルナは「悪役」ではあるけれども、敢然と敗北の宿命に向かってゆく「高貴な戦士」って描かれ方です。僕も『マハー・バーラタ』じゃ、カルナがいちばん好きですね。

◆メキシコ-血に飢えた破壊神たち
 酷暑地域の文化と言えば、新大陸のメキシコも外せません。ここでは〈太陽=神〉であったが、その〈神〉とは「血を好む暴力」のイメージでした。恵みや救いとは対極にある〈残酷な神〉なのです。
 メシーカ(アステカ)の宗教には、この〈残酷な太陽神〉がいっぱいいた。まず本来の「太陽神」トナティウがいる。ついで「若き太陽」ウィツィロポチトリ。また「沈む太陽」ケツァルコアトル(金星にも譬えられる)。そして大神テストカリポカは、いわば「闇の太陽」です。
 彼らは破壊的な神々であり、なだめて宇宙を維持させるためには、「血」を捧げるしかないとされた。そのためメシーカ人たちは、神々に多くの生贄を捧げました。
 なおヒマワリは、北米原産で、メシーカでは〈太陽〉と〈生贄の首〉の二つを表象してました。やっぱ、あんまりありがたくない…。

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08/19/2007

天才ペンローズが挑む〈意識の量子論〉

 物理学のスティーヴン・ホーキングと、数学のロジャー・ペンローズは、「天才」として並び称される存在です。二人はかつて盟友で、相対性理論の分野における共同研究から、〈特異点定理〉をはじめとする目覚ましい業績を上げました。
 だがその後、ペンローズは〈意識の量子論〉という新地平へ踏み出しました。その斬新な着想は、ホーキングはじめ多くの科学者には、ぜんぜん理解されないらしい。
 けれども僕は、素人なりに、ペンローズの〈意識の量子論〉にたいへん魅力を感じます。

◆量子力学と古典力学
 そもそも現在の物理学は、二つのステージに対応した二つの法則系を持っています。①古典力学と②量子力学です。ここで厄介なことは、二つが相当に異質だということです。
 ①古典力学は、ふつうの事象を扱うもので、決定論的な性質を持っています。
 いっぽう②量子力学は、極微の事象を扱います。極微レベルじゃ「粒子」と「波」の性質が同時に現れ、これを〈量子〉と呼ぶわけです。
 量子状態は、〈複素数の重ね合わせ〉式によって表すことができ、この式を波動関数といいます。ペンローズは、この波動関数を幾何学的に図で示し、これも決定論的であると言う。
 けれども、極微の量子をふつうの系にいる人間が観測する(つまり②→①への変換)とき、「おかしなこと」が出てきます。決定論は破れてしまい、計算不能性が現れてくるのです。このとき起こる「おかしなこと」は、〈量子状態の収縮〉と呼ばれます。
 ペンローズは、②→①の説明過程にはギャップがあり、これは今ある物理学が未完成だからだと主張します。つまり、未だに知られない「統合的な物理法則」が存在し、いま知られている①や②はその「部分」にしか過ぎない…というわけです。

【*ここで書いていることは、あくまでペンローズの説であり、通説ではありません。通説では、
「量子状態は確率波でしか表せず、決定論的には把握できない」
「②→①の〈収縮〉過程は、(不確定性を表すにしても)連続している」
 -とされるからです。この通説が〈コペンハーゲン解釈〉です。ただしシュレーディンガーやアインシュタインらはこの解釈を拒否しました。ペンローズもその側にいるわけです】

◆パターンを生み出す「何ものか」
 ところでまた、ペンローズは考えます…。
 そもそも我々の世界とは、「観測者によって観測された世界」です。奇妙なことには、この世界には、疑いようもなく〈美しい秩序〉が実在している。例えば原子軌道とか、元素周期律、生命、銀河、宇宙モデル…などなどです。
 これら全てに「数学=幾何学のパターン」があり、ペンローズはそこに一種の神秘を見ている。すなわち彼は、世界の基礎に、これらパターンを生起させずにはおかない「汎一的な何か」を想定しているのです。
 しかもそれらが「観測されている」ということは、観測をする人間の「意識」までもが、このパターンの支配下にある-ということです。

◆〈量子状態の収縮〉が意識を生む?
 ここから天才ペンローズは、思い切った飛躍を見せます。
 前述の〈量子状態の収縮〉と、この我々の意識には、同じ特性がある-と彼は言う。それは「決定論的だが計算不能」ということです。数学=幾何学ではこのような性質の実在は知られており、それはゲーデル=チューリング理論や、あるいはポリオミノ・タイリングによって例示される。
 これからペンローズは、意識について、次のように仮定します。

1)微生物の繊毛や中心体から、人の脳内ニューロンにまで、ひろく微小管という構造が見出される。これはタンパク質の高分子でできた小管チューブリンの束である。
2)個々のチューブリンは、デジタル状の変化(0or1)を取りうるので、それを束ねた微小管は、一つ一つがコンピューターのように機能できる。
3)水によって隔離された微小管の内部では、干渉性量子的振動が発生し、これが〈客観的収縮〉を起こすために、意識の計算不能な特性が発現する…。

◆スピンネットワークの宇宙論
 いやはや、難しいですね。正直言って、僕などには手に余るが、最後にもすこし突っ込みましょう。
 ペンローズは、この宇宙の全て(もちろん生命=意識を含む)の基礎に「数学的パターン」があると想定し、それを光の平方根(スピノール)を基準量とするスピンネットワークとして、数学的に構築しました。これはいわば「基本パターンの結晶」であり、これが展開することで、次元も時空も全て出てくる。
 その汎一性によって宇宙にカタチが生み出され、そのカタチに宿るものの〈収縮〉によって生命=意識が発生し、その生命=意識によって宇宙の美が認識される…という三すくみ関係が、彼の主張していることです。その三すくみの幾何的な表現こそが、彼自身の発明した「ペンローズ三角形」であるってわけ。
 これは一種の「汎心論」ないし「アニミズム」とも呼べるでしょう。現代最高の数学者がこのような提案を行っていることじたい、すごいことだ!と僕は思う。

 僕の要約は間違ってるかもしれないので、以上に興味のある方は、直接ペンローズの著書に触れてください。

[参考文献] 『心は量子で語れるか』 ロジャー・ペンローズ著/中村和幸・訳/講談社ブルー・バックス

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08/16/2007

ウミウシになりたい…

「すげー日本記録出たっ!」
 とかって言ってる場合じゃないですね(もうヤケ)。
 どーなってんだろ、この暑さは…。
 ほんとに地球の「金星化」とかって、心配しなきゃいけないんだろーか。そんなん冗談じゃないんだけど…。

 どーにも暑くてたまんないので、恒例、海の写真です。
Miyako_umiushi
 まず1枚目はミヤコウミウシ。シックな色だが、けっこうオシャレ。ターコイズ・ブルーの斑点が可愛いです。

Umiushi_etc
 2枚目は、ヘンなもの色々です。
左上)これがよくわかんない。オレンジの地に黒いまだらで、干潮帯でひっくり返ったクモガタウミウシかと思いますが、写真は水面下で撮ったもので、しかも後鰓ぽいものが写っている…??
右上)たぶんサメジマオトヒメウミウシ…?
右中)これも意味不明の黄色いヒラヒラ。何かの卵かなあ?
左下)ウミシダ。これでも動物です。
右下)アワモチの仲間かなあ…?

Sayori_yagara それから3枚目。
 上はサヨリ。水面すぐ下をスイスイしてます。プランクトンとか食べてるらしい。
 下はヤガラ。浅底をユラユラしてます。どっちも「そんなにダイエットしなくても」って感じですね。

 今は海水温がとても高くて、礒遊びは気持ちが良いです。だけど、ニュースじゃサンゴがいっぱい死んでると言ってるし、喜んでらんないですね…。

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08/12/2007

〈ナノ・アセンブラ〉は人類を救うだろうか?

◆ファインマンとドレクスラー
 僕は文系なのだけど、学生時代に『ファインマン物理学』を独習したことがあります(ちょっとだけね)。そのあまりにも明晰な〈還元主義〉は、わかり良すぎて目眩がしました。
 で、そのリチャード・ファインマンが最初に着想したといわれるのが、〈ナノマシン〉です。ぶっちゃけ言えば、これは原子や分子を「部品」と見なし、工学的に「組み立て」ることによって、「分子機械」を作ろう…ってアイディアです。ナノは「十億分の一」の単位ですね。
 ファインマンはこのやり方で、分子サイズの「コンピューター」まで作れると予言しました。(50年代末の時点で!)
 この案は、さらにエリック・ドレクスラーによって練り込まれ、夢のような〈ナノ・アセンブラ〉構想へ発展を遂げたのです。

◆原子や分子が「部品」にできる?
 ファインマンまたドレクスラーの考えは、基本的には、驚くほど単純です。
 原子・分子は最小の「物質」として扱える。だからそれらを、ふつうの物質と同じよう、工学的に組み立てよう…ってだけのことです。
 いったん世に出たこの考えは、〈ハイゼンベルグの不確定性原理〉を論拠とする強い反撃を受けました。同原理によれば、原子は「捕捉できない」存在であり、工学の材料にできるはずない。これはなかなか哲学的です。
 ところが、80年代以降、実際に原子を「捕捉する」ことが可能になってきました。例えば〈量子トンネル効果〉ってのを利用すれば、原子を「見る」ことも「いじる」こともできるようになっちゃった。なんと、事実は単純だった!?
 この方法で、IBMの研究者はキセノン原子34個を並べて「IBM」のロゴを作り、世間を仰天させました。今ではもっと複雑な工作も色々とできるようです。もっとも、これらは「お遊び」で、まだ「実用」にはほど遠いものですが…。

◆〈ナノ・アセンブラ〉は全能か?
 さてファインマンは、原理的にはどんな〈ナノマシン〉でも作れるはずだが、なにしろ極微の仕事しかできないもんで、「実用価値は思いつけない」-と言ったそうです。
 だが、ドレクスラーはこれを受けて、「自己増殖する工作コンピューター」をナノスケールで作ろうと提案しました。これが彼の言う〈アセンブラ〉です。
〈アセンブラ〉は、自己複製によってどんどん殖え、指令によって対象物質を分子構造から組み替えちゃう。これによって、ありふれた物質を、何でも望みの「資源」に変えてしまえる-というのです。
 例えば、石炭の分子構造を組み替えれば、ダイヤモンドでもカーボンナノチューブ(フラーレン)でも無尽蔵に作り出せることになる…。
 もしもこんなモノができれば、資源問題はいっぺんに解決!です。

◆ドレクスラー案の危険と困難
 ドレクスラーは、いったんこのアイディアを思いついたが、長く発表をためらっていたそうです。何故なら、もし〈アセンブラ〉が実現され、それが悪用(兵器転用とか)されたり暴走事故を起こしたりすれば、「人類が滅ぶかもしれない」から…。
 じっさい〈アセンブラ〉は、自然界にあるものでは「ウィルス」に最も似てます。その強力な人工品がばらまかれるようになったら、たいへん危険なことでしょう。
 ただし、現実的な次元で言うなら、このような〈アセンブラ〉がそもそもホントにできるのか、未だにまったく五里霧中です。
 なにしろ原子や分子の世界は、「量子の法則」が支配しており、ふつうの物理工学は、ほとんど役に立たないからです。ドレクスラーの研究も、ずっと停滞したままらしい。ドレクスラーの「単純さ」はやはり通用しないのか?…とも疑われます。

◆さてこの先はどうなるだろう…?
 さて、個々の原子・分子を「工学的」に組み立てることは困難であるといっても、分子集団を「化学的」に操作するやり方でなら、ナノ・テクノロジーはすでに立派な科学産業となっています。極微のレベルから操作された〈スマート素材〉は、今では多方面に出回ってる。また生命科学の方面でも、〈鞭毛モーター〉など、ナノスケールの仕組みがいろいろ見つかってます。
 つまりは、この方面で何ができるか・できないか、まだよくわかってないらしい。
 まあ…今の時点では、「世の中こんな研究もされてるんだ」って、視野の隅に入れとくくらいがよいのではないでしょうか?

[参考文献] 『ナノテクの楽園―万物創造機械の誕生』 工作舎 エド・レジス著/ 大貫昌子・訳

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08/08/2007

〈火星開拓〉を空想する

 前回で「火星に住む困難」をさんざん指摘したけれど、それでもあえて今回は、〈火星開拓〉を空想します。

◆火星エレベータ
 前に〈軌道エレベータ〉について書きましたが、実はアレって地球より、火星の方が造りやすいといわれてます。そのわけは-
火星の静止軌道は高度1.7万㎞で、地球3.6万㎞の約半分。
火星の赤道直下にはパヴォニス山(標高14㎞)があり、その山頂では大気の障害をほぼ無視できる。これがエレベータの「基台」に使える。
③重力も弱いので、エレベータへの負担が少ない。
火星は無人なので、思い切っていろいろ試せる。

 -というわけで、火星のパヴォニス山頂に〈軌道エレベータ〉を造っちゃいます(あっさりとね)。衛星ダイモス(高度2.3万㎞)は建設基地にも材料調達にも使えそうだ。この〈火星エレベータ〉ができあがれば、火星開拓の礎となるでしょう。
 ただ、重大な問題として、低軌道(高度9千㎞)を高速で回っている衛星フォボスがたいへん邪魔です。これがなんと11時間ごとにエレベータとすれ違う! もしブチ当たれば、おしまいです。
 クラークは、エレベータに「ねじり」を与えて、「ひねってかわせ」と言っています。しかし一日2度の回避を半永久的にやり続けるって、危険に過ぎるのじゃないだろうか…?

◆フォボス撃墜計画
 だいたいフォボスは墜落寸前の軌道にあり、かなり危険な存在です。そこで〈開拓〉の第一歩として、これを始末しちゃいましょう(またあっさり)。
 むろんフォボス撃墜は、「惑星改造」の実験としても役立てたい。つまりフォボスを、赤道付近(できればマリネリス峡谷の上流)に激突させ、その衝撃と爆熱で、凍った地表を吹き飛ばすわけ。これを調査すれば惑星構造や地質がわかるし、うまくすれば地下氷が融出して、「水が峡谷へ流れ込む」のを再現できるかもしれないしね。
 こんなこと言うと、「宇宙環境を何だと思ってんだ!?」とか叱られそうだが、これはただの空想ですから。

◆火星開拓鉄道
 さて、〈火星エレベータ〉もできたことだし、軌道からパヴォニス山頂までの荷下ろしは簡単になりました。
 ここからゆるい山腹を500㎞南東へ下ると、マリネリス峡谷の上流に達します。すでに「フォボス撃墜」で、ここにはクレーターができてるはず。いったん融け出た水が凍って、氷湖ができてるかもしれません。
 前回記事で述べたよう、火星の薄い大気では、飛行機を飛ばすのも大変です。そこでパヴォニス山頂からクレーター湖へ、さらにマリネリス峡谷沿いへ、ずうっと「鉄道」を伸ばしていきます。赤道直下の峡谷沿いは、最も「開発しがい」がありそうに思えるからです。これが〈火星開拓鉄道〉の構想です。

◆開拓生活
 最初の火星都市群は、この「パヴォニス-マリネリス」鉄道沿線に建設されることでしょう。密閉型のドーム都市です。ここでの開拓生活も、ちょっと空想してみます。

【酸素】大量にある酸化鉄砂を還元して自給します。
【水】きっと地下にあるだろう…。
【衛星利用】軌道上に太陽発電衛星を配置して、都市へ「レーザー送電」します。地球じゃ危なくてできないけど、無人の火星なら(たぶん)問題ない。また軌道上に「鏡」を並べて、マリネリス峡谷をあっためれば、ここを「水系化」できるかも。
【緑化】ドーム内にくらいは生やしたい。
【食糧】火星の土はダメなので、ふつうの農業は不可能です。衛星やドーム都市で「水耕」を試みるのは一つの手だ。だがそれ以上に有望なのは、「培養クローン細胞」を食用に使う手です。キモチ悪いが、背に腹は替えられない。くわえて「クローン葉緑体」を作り出せれば、食糧・資源・緑化らの問題は、一挙に克服されるかも…。
【重力適応】たぶん火星の重力じゃ、人体の維持・形成とも困難です。これはもう遺伝子じたいを「書き替え」て適応するしかないでしょうね。結果的に〈火星人〉は、我々とは違う姿になっちゃうかもしれません。

 まあいろいろムチャな妄想を書きましたが…。
 もちろんリアルに考えるなら、〈火星開拓〉が難問だらけであることは間違いない。
 もしかすると、これらの難問を突破する切り札とは、〈ナノテク〉なのかもしれません。
 次回はその話をしてみましょう。

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08/04/2007

人は火星に住めるだろうか?

Marsbarbara_2 多くのSFが、人類の〈宇宙フロンティア〉として、月・火星・小惑星・木星衛星・土星衛星…あたりを構想してます。アニメ『カウボーイ・ビバップ』とか、萩尾望都の近未来モノとか、いっぱいある。とりわけ萩尾SFじゃ、『スターレッド』から『バルバラ異界』まで、火星へのこだわりが強烈です。
 さて『楽園の泉』『2001年宇宙の旅』などで知られる作家アーサー・C.クラークは、また火星開発の研究で有名だが、その研究をする理由として、「フロンティアを失えば人類に未来はない」と言っています。確かに、そうかも知れません。
 というわけで、今回は、火星について考えてみます。
Marscowboy_bebop_2

◆火星はどんな環境か?
 まず大ざっぱに火星のデータを示します。
【サイズ】地球比で、直径は1/2、表面積は1/4、質量は1/10…と小さめです。
【時間】一日は24時間37分で、ほぼ地球なみ。一年は687日です。
【日射】太陽からは地球の1.5倍離れてます。日射量は地球の半分、暗いです。
【気温】平均-58℃の極寒です。ただし季節・緯度によって変化が大きく、-125℃~+22℃の幅があります。
【重力】地球の38%
【大気】気圧は地球の1/100以下。その95%はCO2で、酸素は0.2%だけです。
【地表】全地が赤錆びた酸化鉄粉で覆われ、殺風景です。また「地磁気バリアー」が存在しないため、じかに宇宙からの放射線が降ってきます。
【衛星】フォボス(直径22㎞)は天空を西から東へ急速に横切ります。ダイモス(直径13㎞)は東から西へのろのろと移動します。どちらもずいぶん小さなものです。
【大火山】火星最大の「見どころ」は、四つの巨大火山です。最高峰はオリンポス山で標高21㎞。またタルシス3山は、アスクレウス山が18㎞。パヴォニス山が14㎞。アルシア山が17㎞。標高が「㎞」ってとこが凄いけれど、どれも盾状地形なので、見た目は潰れたプリンのようです。
【大峡谷】またもう一つの「見どころ」は、赤道沿いに裂けたマリネリス峡谷です。この峡谷の底では、地下水や生物遺跡が見つかるかもしれません。

◆地球とは違いすぎる!
 さて、上に示したとおり、火星の環境はハンパでなく酷烈です。
 寒いし、暗いし、空気がないし…。地球上のどんな難所(極地・高山・砂漠・海底)と比べても、ケタ違いの悪条件だ。
 地表は細かな「錆び鉄粉」で覆い尽くされ、嵐のたびに烈しく舞うので、これはたいへんな障害になるでしょう。土壌は有機分がなく、おまけに化学物質と放射線で汚染されてる。とうてい植物が育つとは思われない。
 クラークは、4000年かければ火星を〈地球化=テラフォーミング〉できると言っているが…どうなんだろ? 仮に水を与えても、酸化鉄粉に吸われてしまうし、空気を造りだしたって、重力が弱いので宇宙へ逃げちゃう。
 また重力の欠乏は、他にも深刻な問題をもたらします。重力が足りないと、人間や動物は骨格を維持できず、骨髄のもつ造血・免疫機能も劣化するからです。低重力や無重力で「子供が産まれうるかどうか?」も、未だ実験されていません。
 それから、大気が薄いってことは、ジェット燃焼もブロペラ揚力もほぼ使えないってことを意味します。つまり空を飛ぶのには、ロケット・エンジンしかないわけです。減速するのもたいへんで、フラップや落下傘らの「空気抵抗」がアテにできない。有人船の着陸は大きな難題の一つでしょう。

 こうして見ると…火星って、やっぱりたいへん住みづらい環境です。
 地球人にとって残念なのは、「地球の双子星」金星が、あんな地獄環境(気温400℃、気圧は地球の90倍、硫酸雨)になっちゃってること。金星は、サイズが地球と一緒だし、太古には冷えてて海もあったらしいから、もしそのままでいてくれたなら、火星よりずっと住み良かったはずなのにね。
 金星では、「温室効果」のフィード・バックが起こったために、今のよう高温高圧化しちゃったと言われてます。またもし一つ間違えば、地球だって将来〈金星化〉するかもしれないと言われている。
 結局のとこ、地球人は、地球を大切にしなきゃいけないっていうことでしょうね…。

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