『書紀』に「操作」の痕跡を見る-書紀解論(三十二)
ここからは2回使って、『書紀』と『古事記』の関係を考えます。
まずこの回で『書紀』のツギハギぶりを確認して、その次で『書紀』制作の現場ならびに『古事記』を扱う…って手順を踏みます。
◆『書紀』神話の混乱例
だいたい『書紀』の前半では、「また一書はいう…」って別文がウジャウジャ出てきて、すごく混乱しています。途中で人名が入れ替わったり、話が飛んでしまうのもしょっちゅうです。
ここではその混乱例の一つとして、『書紀・神代下紀』から、【A-アマノオシホミミの妃/B-ホノニニギの妃/Bの産んだ子たち】の3項目を抽出し、表14に並べてみました。クリック拡大して見てください。ひどい矛盾・混乱ぶりが見て取れます。
◆ハタとアタ
まずA・Bに注目しましょう。
どっちも名前は細かく変わるが、Aでは「幡=ハタ」が、Bでは「吾田=アタ」+「鹿葦=カシ」が、だいたい共通しています。そこでAは「ハタ姫」と、Bは「アタ・カシ姫」と呼べるでしょう。
このA「ハタ姫」とB「アタ・カシ姫」は、僕の仮説じゃ、どちらも「トヨの分身」と理解されます。じっさいA・Bとも別名の一部に「豊」を含む。ハタとアタは明らかに類音です。
もうA・Bの名前とも、すでに扱いずみ(→★書紀にはトヨが11人いる!)なので、ここで詳しく立ち入るのはやめておきます。ただ以下の点だけ、再確認しておきます。
【ハタ】-豊前宇佐の「ヤハタ=八幡」信仰、またその信仰を担った渡来氏族「ハタ=秦氏」、さらに日本古語の「海=ワタ」、また朝鮮語の「海=パダ」との関連語素。
【カシ】-神功伝説の起点「香椎」。
【秦氏とは?】-武内宿禰を太祖とする6氏族の一つ。その表字は、彼らが「秦帝国」の亡命民を自称したことを示している。『魏志・東夷伝』が「秦亡民」の辰韓(のち新羅)への移住を記録すること、『書紀』がスサノオまたアマノヒボコの新羅渡来を伝えること、『風土記』が伊都県主(北九州王族)を「高麗のウルサンに天下りしたヒボコの子孫」と記すことなど、注意されたい。また紀元前の中国で「秦」国を興したのは、西域(中央アジア~バクトリア)からの流入民であったことにも注意。
*参照→〈★漢族の形成〉・〈★魏志東夷伝の世界〉
◆「3子」なのか?「2子」なのか?
次に表の右欄です。この「子どもたち」もグチャグチャになっているが、この神話を因数分解すると、5つの要素に開けます。
①海辺で火焚き出産する隼人の習俗。
②「火中から3貴子誕生」の古神話(金属文化と関係し、アマテラス・ツクヨミ・スサノオの3貴子誕生もこの類型)。
③天光神ホノアカリを祀る尾張=和珥=海部=出雲系神話。
④王祖をヒコホホデミとする畿内伝承。
⑤「海神・山神の競争-結婚-離別」の古神話(類話は朝鮮・江南のほか、北欧の海の父神ニヨルズ&山の女神スカジの結婚-別居譚もこの系統)。
②が全体のフレームだが、そこへ③④を詰め込んだため、彼らの名前は収拾がつかないほど錯綜してます。
さらに②「3貴子出生」の後に、⑤「海・山の2兄弟抗争」を接続したため、兄弟数も揃っていない。最後の[一書第八]だけが「2貴子出生」としているのは、②を⑤につなぐための工作です。
こうして見ると、『書紀』の記述はグチャグチャだけど、かえってその不整合に価値があることもわかるでしょう。至る所に「材料」をツギハギした痕跡が見えているため、そこをよく見て解読すれば、きれいにパーツに分解することが可能なのです。
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