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02/22/2008

「日向の妃」とエウロペ神話-書紀解論(四十)

 前回の続きで、表18の下段Zを解析します。

◆Z-くり返された隼人首長からの「献妃」
 前回では、景行の九州遠征時に、隼人首長(日向諸県君)が2人の娘(XイチフカヤとYイチカヤ)を差し出して帰順した-という記事を見てきました。いわば「政略献妃」です。
 隼人首長から大王家への「献妃」は、のちに再びくり返されます。この妃が(⑥日向泉長媛=⑦日向髪長媛)です。Z⑥とZ⑦は同一と見て間違いなく、つまりはもと応神妃を仁徳が奪い取ったわけだ。ま、ここまでは簡単ですね。
 だがに関わって奇怪なのは、『応神紀』また『淡路国風土記逸文』にある次の記事です。

d)淡路の西の海を、「数十の大鹿」が泳ぎ渡ってきた。これは日向の諸県君牛たちで、みな鹿皮を着ていたのであった。牛は、娘=髪長媛を応神に献上した。

 これはマジメに考えると、ぜんぜん意味の取れない説話だ…。いったいどうしてこんな話がつくられたのか?

◆「海を渡る牛=姫」神話
 じつはdにやや似た話は、『垂仁紀』にもありました。

e)加羅王子ツヌガノアラシトは、「黄牛」を失った代償に「石神」を手に入れた。するとその石が「美女」に変わった。彼が迫ると、美女は逃げ出して海を渡った。彼女は日本の難波また豊前国東へ至って、両所で「ヒメコソ神」として祀られた。ツヌガノアラシトも彼女を追って来日した…。

 ツヌガノアラシトが「典型的な朝鮮神話」の主役であり(→★三十六)、かつミマキイリヒコとも接続すること(→★三十八)は、すでに解説しています。
 さて問題は、d【牛=鹿が海を渡って姫を運ぶ】・e【牛=石姫が海を渡る】という説話上の相似性です。
 牛は西アジア起源の家畜なので、「牛の神話」もとうぜん大陸渡来なわけだ。するとd・e型の話は、どこか西方世界にもないだろうか?
 ここで次の話を見てください。遠いギリシアの神話です。

f)フェニキアの姫エウロペを、ゼウス神がに化けて誘拐した。牛=神は姫を背に乗せて海を渡り、クレタに至った。のちエウロペはクレタ王の妃となった。

 この神話は有名で、「ヨーロッパ」名の起源にもなっています。つまり彼女が海を渡ってきた「こちら側」がエウロペア=ヨーロッパであり、「元いた側」がアジアというわけ。
 fの他もギリシアには、「牛に恋したパシパエ」「牛となって追われたイオ」など、【牛=姫】のペア神話が幾つもあります。
 d・e・fを並べると、【牛-姫-渡海】という話素のつながりは歴然です。
 すると日本(と伽耶)のd・eは、ギリシアと同系の神話なわけだ!

◆日本とギリシアをつなぐスキタイ
 いったい日本とギリシアには、神話に「特異的」な類似が多く、このことはデュメジルや吉田敦彦氏らによって指摘されてきました。この話もまさにそれです。
 両神話の間では、他にも、次のような相似が有名です。

●オルフェウス=イザナギの「冥界往来」
●ペルセウス=スサノオの「龍退治」
●デメテル=アマテラスの「岩屋籠もり」
(参照→〈★日本神話の北方要素〉)。

 遠く離れた日本とギリシアを結ぶものは、何だろうか? 吉田氏はそれをスキタイ文化と考え、「ギリシア=スキタイ=朝鮮=日本」神話の共通項を幾つも挙げています。まさしく僕もこれを支持する。他には考えられないからです。
 いったいスキタイ文化とは、北ユーラシアの西から東へ、帯状に拡散した文化です。「戦士結社・馬と金属の文化・剣霊信仰・鳥霊信仰」らが主な特徴。印欧祖族~テュルク族~モンゴル族らの複数民族が、さまざまな形でその文化を担いました。
 カフカス山地のオセット族、中央アジアを駆け回った匈奴族、東欧に君臨したフン族、ブルターニュまで西遷したアラン族…らは、みなこの流れに属しています。
(参照→〈★馬の世界史〉)。

◆北九州の「サカの国」
 ときにギリシアは、先住民ペラスゴイを征服民ドーリス人が支配して成り立っており、ドーリス人は黒海方面から侵入した騎馬民族です。つまり彼らはスキタイの支流だと考え得る。ローマに入ったサビニ人も、やはりそうだ。
 いっぽう日本の成り立ちには、中央アジア→秦帝国→斉(山東)→南韓→西日本と渡って来た集団が重要な一部を構成した…と考えられ、彼らがスキタイ文化を持ち伝えた可能性がとても高い。
 なお「スキタイ」とはギリシア語で、彼ら自身の自称は「サカ」です。これを頭に入れるなら、『風土記』に「坂・酒・栄・佐嘉・佐久・裂・咲…」らの語素が頻出することは見落とせない。
 たとえば以下の記事などは、どうでしょうか?

『肥前国風土記』-ここには楠の巨樹があり、ヤマトタケルが見て「サカの国」と名付けた(栄=佐嘉=佐賀)。

 前回に見た「aイチフカヤ=bタルペイア=cダユー」説話の相似も、まさしくスキタイをつなぎに考えれば、解けるわけだ。
 熊襲の娘にローマやブルターニュの神話が重なり、日向の妃がギリシア神話のように海を渡る。その背後に大陸を駆け破ったスキタイ文化の奔流があるとすれば、何とも壮大な話ではないでしょうか。

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コメント

こんにちは。ギリシャと日本を結ぶスキタイルート、とても勉強になりました。ありがとうございます。(以下は偶然ながら2月22日の私のエントリーです)
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1709272

投稿 Hiro-san@ヒロさん日記 | 02/25/2008 10:14 午後

Hiroさんへ。
コメントありがとうございます。

スキタイについては謎が多く、このへんは、僕もまだまだわからないことが多くあります。
いまのギリシア史では、ドーリス人も「もとからヨーロッパ人」というのが通説であるようです。
だがヘロドトスはそれと違って、ドーリス人はもと「侵入者」、ペラスゴイは「もと蛮族」で、両者の融合からヘレネス(ギリシア人)が形成された-と主張している。最古の起源学者であった彼の記録は、無視できないと考えます。

住吉3神=オリオンの結合は、僕は初めて知りました。勉強になりました。住吉神の成り立ちには、宗像3女神や八幡信仰との関係が想定され、これも深いテーマですね。

投稿 弓木 | 02/25/2008 11:00 午後

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