「ヤマトタケル伝説」を解体するⅠ-書紀解論(三十四)
今回は、ヤマトタケル伝説を扱います。
◆もし「材料」が転がってたら…?
まずは喩え話として、こういう例を考えてみてください。
あなたの知人が、「手打ちの蕎麦づくりに凝ってるんだ」と吹聴して、あなたを家に招待した。あなたが居間で待ってる間、台所からはしきりにトントン音がする。やがて知人ができあがりの蕎麦を運んで、あなたに食べさせてくれた。ところがあなたは味オンチで、うまいかまずいかわからない。知人がちょっと席を外した間に、ふと台所を覗くと、そこにはインスタント蕎麦のカップが転がっていた…。
そこで質問-。あなたは知人がほんとうに蕎麦を手打ちしたと思いますか? それともインスタント蕎麦を食べさせたのだと思いますか?
この質問、実はヤマトタケル伝説をどう解釈するか…って喩えになってます。
『記・紀』が征服の英雄として描き出すヤマトタケル。しかし『書紀』や『風土記』をよく見るなら、その英雄譚の「作成材料」らしいのが、ゴロゴロ転がっているのです。
◆『書紀』と『古事記』を比較する
では表15をクリック拡大して見てください。『書紀』のヤマトタケル伝説(Ny)と『古事記』のそれ(Ky)との比較表です。
【①初出征-④再出征】
まずNy・Kyの違いとして目立つのが、兄オオウスの扱いです。Kyではいきなり①オオウスは殺されるが、Nyでは、彼は④東国遠征を忌避して左遷された-と書かれるだけ。
すでに〈★十九-崇神紀から応神朝伝承を解読する〉の表3で見たように、ここは明らかにNy④が古型です。すなわち「父の課題→弟が兄に克って相続」という先史期いらいの古神話だ。
この「弟が兄に克つ」という神話要素を、Ky①はより劇的(マンガ的)に脚色して、弟オウス(ヤマトタケル)のキャラを立てているわけです。
なお景行が求婚して娶ったというS①「美濃の弟ヒメ」からは、以下の物語要素が作出されています。
Ny①-ヤマトタケルの従者「美濃の弟ヒコ」へ転用。
Ny①-さらに「美濃の兄遠子・弟遠子」にも転用され、彼女らをオオウスが「横取り」したとの挿話に使って、彼の邪性を強調する。
Ky①-やはり「美濃の兄ヒメ・弟ヒメ」へ転用され、オオウス「横取り」の挿話に利用。
一つの材料からどんどん話が増幅されていることが、わかるでしょう。
【②熊曾建】
ヤマトタケル伝説の「華」とも言うべきこの話、これもまさしく景行紀に材料が転がってる。それは以下の話です。
S②-九州遠征に出た景行は、「アツカヤ・サカヤ」なる熊襲賊首の存在を知った。2人は強勇で「熊襲の八十梟帥」と呼ばれていた。景行は、熊襲側から娘2人(姉イチフカヤ・妹イチカヤ)を献じられ、姉妹を寵愛。そして姉に手引きさせ、父の梟帥を酔い潰させて、暗殺させた。のち景行は、姉の裏切りを憎んで、彼女をも殺害した。
熊襲梟帥・酔い潰し・娘による暗殺…というこの話は、まさしくNy②そしてKy②の原型であることが明白です。
なお景行紀・S②の前後には、矛盾・重複も目につきます。たとえばS②の賊首は2人なのに、殺しているのは1人だけです。このすぐ後には、
●「兄夷守・弟夷守」なる2首長が景行に従った。
●夷守(宮崎県小林)で「諸県君泉媛」が景行に贈り物をした。
●「兄熊・弟熊」なる2首長は、兄を降し、弟を殺した。
-らの記事があり、これは全て重複異版であるでしょう。つまり「アツカヤ・サカヤ兄弟」=「兄夷守・弟夷守」=「兄熊・弟熊」=「日向諸県君」なわけだ。そして諸県君「泉媛」とは、イチフカヤ・イチカヤ姉妹(のどちらか)を指すと見て間違いない。
すると史実においては、「兄アツカヤ」は帰順して、「弟サカヤ」が殺されたのだ…と推定できます。
Ny②では殺した賊長は1人、Ky②では2人です。つまり『書紀』は原話を矛盾ごと保存しており、いっぽう『古事記』は物語の整合性を採ったわけだ。
なおイチフカヤ・イチカヤ姉妹については、他にも論ずるべきことがあるが、それは別回に回しましょう。
もう長くなったので、③-⑫段の解は、次回で。
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