ツヌガノアラシトとアマノヒボコ-書紀解論(三十八)
「渡来者」主題の3回目です。
◆ツヌガノアラシトの謎
まずは、①加羅(伽耶)王子ツヌガノアラシトから-。
『書紀・垂仁紀』は彼について、次のように記します。
a)彼ははじめ来日して穴門に着き、「この国の王」と称するイツツヒコ(伊都都比古)に迎えられた。だがツヌガノアラシトは彼を嫌い、逃れて出雲→越→畿内へ至った。
b)彼の額には「角」があった。そこで彼の上陸した越の気比は、彼に因んで「角鹿=ツヌガ=敦賀」と名づけられた。
c)彼の祖国・加羅を「ミマナ」と称するのは、ミマキイリヒコ(=崇神)の名に因んだもの。
bは地名説話だが、「角」が話素に含まれており、賀茂氏祖・タケツノミ(賀茂建角身命)との関連を思わせます。タケツノミの記は『風土記・山城逸文』にあり、彼は「神武に先だって畿内に遷住した」という。
またcは、伽耶=ミマキイリヒコの結合を示す記事で、重要です。ミマキイリヒコは畿内ナラの「初代王」と想定されるからです。
なおミマキイリヒコとの関連では、『播磨国風土記・飾磨郡』に「王」として宮居したというミマツヒコも見落とし得ない。さらに同記は、その地について、「漢人(アヤビト)が讃岐を経て渡来した所」と伝えます。ほか同郡には、カヤ(賀野)・シラクニ(新羅訓)・カラムロ(韓室)らの地名が集中する。
つまり全てをつなげると、
●伽耶王子ツヌガノアラシト=アヤ王ミマツヒコ=畿内初王ミマキイリヒコ=賀茂氏祖タケツノミ
という等式が成立する。すなわちツヌガノアラシトこそは、渡来したナラの初代王-というのが、僕の推定することです。
◆アマノヒボコの謎
次に②新羅王子アマノヒボコです。『記・紀』とも①・②を並列し、二人を神話上で「同格」に扱ってる。
『風土記・筑前逸文』は、②を北九州豪族(伊都県主)の祖といいます。『記・紀』は彼を山陰豪族(但馬出石氏)や淡路海民と結びつける。また『播磨国風土記』は、彼の「渡来伝承」を幾重にも記録します。
なお彼の名(天日槍)や、『垂仁紀』にある神剣説話(イズシの刀)は、ヒボコ一党の「金属文化=剣霊信仰」を示すものです。こうした剣霊信仰が、尾張熱田社・信濃諏訪社・常陸鹿島社・下総香取社らと共通するのは、見落とすことができません。
ところで『風土記・筑前逸文』の記事はこうです。
d)仲哀が九州遠征したとき、「イト県主の祖・イトデ」は、サカキを舟に立て、その枝に「八尺瓊の玉・白銅鏡・十握剣」をかけて現れ、穴門にて降伏した。そのときイトデは「高麗のウルサンに天下ったヒボコの子孫です」と名乗った。
dとほぼ同じ記事は『書紀・仲哀紀』にも見えています。だが『仲哀紀』はそのすぐ前段にも、酷似の記事をまた載せる。
e)仲哀が九州遠征して穴門に至ったとき、「岡県主の祖・ワニ(熊鰐)」が、サカキを舟に立て、その枝に「白銅鏡・十握剣・八尺瓊の玉」をかけて現れ、周防の佐波にて降伏した。
さらに『景行紀』まで戻って見ると、そこにも酷似の記事があります。
f)景行が九州遠征して佐波に至ったとき、「一国の長・神夏礒媛」は、サカキの枝に「八握剣・八咫の鏡・八尺瓊の玉」をかけて現れ、舟に白幡を立ててきて、降伏した。
所も同じでカタチも同じ。d・eはfの重複記事と見て間違いない。そうすると-
●「女王・神夏礒媛=豊前のワニ=イト県主」は、ヒボコ系の同一人物である。
●「景行=仲哀」は同一人物である。
という等式が成り立ちます。ワニ(熊鰐)はすなわち和珥氏を意味し、鮫神(ワニ)を祀る海民集団の呼称でしょう。また「景行=仲哀」同一説は、他の点からも論証でき、すでにこれまで書いてきました。
(参照→〈★三・分解された景行伝承〉また〈★五・武内宿禰・長命の謎〉)。
◆二人の渡来者・二つの王統
さてa・dを対照すると、aに登場する「イツツヒコ=イトの王」が、dの「ヒボコ子孫であるイトのイトデ」と重なることにも気づかされます。そこでこれを整合すると、
●①ツヌガノアラシト集団が伽耶から来たとき、すでに北九州~穴門一帯は、先着の②ヒボコ系集団が支配していた。
●①は②に属することを嫌い、出雲-播磨-畿内方面へ展開した。
-と読み解きうる。すなわち2系統の渡来者の競合です。
『播磨国風土記』が描く「アシハラシコオvsアマノヒボコの国占め競争」も、この競合を反映したものと見て間違いない。
よりストレートに言うならば、①ツヌガノアラシトは畿内王祖、②アマノヒボコは北九州王祖だということです。
この両王家が、のちに①オオタラシヒコ系vs②ナツシ-トヨ系となって抗争したことは、まさしく僕がこのシリーズで、復元してきたシナリオでした。
(参照→〈★二十六・仁徳クーデターと原伝承P〉また〈★邪馬台国④〉)。
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