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02/28/2008

『風土記』ノート③-書紀解論(四十三)

『風土記』註解の3回目。今回の主題は「古神話」です。
 ここには一部を並べただけだが、北方系やら南方系やら、さまざまな古代信仰が入り組んでいるのが見て取れます。ほんとに『風土記』は宝の山です。


【播磨国・飾磨郡・伊和】-オオナムチが、子ホノアカリの乱暴に悩んで、彼を泉に棄てて舟で逃げた。ホノアカリは父を怨み、風波を起こして父を溺れさせようとした。【出雲国・大原郡・海潮】にも類話がある。
「子を棄てて舟で逃げる→怨んだ子が海から追跡」というこの話型は、シベリア=エスキモー神話に頻出する。有名なセドナ神話もそうである。
 この背景には、口減らしのための「子棄て」習俗が考え得る。親たちは棄て子の怨霊に追われるのを恐れたのである。

【播磨国・讃容郡】-夫婦の「大神」が国占め争いをしたとき、タマツヒメ(サヨツヒメ)は鹿の血で稲を撒いて、一夜で苗を生えさせた。
【播磨国・賀毛郡・雲潤】-「太水の神」は、獣の血によって田を耕作したという。
「血で収穫」の神話は、南方アジアに数多い。生贄を伴った原始農耕文化であろう。

【肥前・佐嘉郡】-ここには楠の巨樹があり、ヤマトタケルが見て「サカの国」と名付けた。
★『景行紀』にもこれの並行記事がある。巨樹伝説は『風土記』の各所に頻出し、北欧~シベリアにかけて分布する世界樹神話の系譜に属する。ちなみに「サカ」はスキタイ族の自称名。

【播磨・逸文】-明石の御井に「大楠」が生え、その巨木から舟を造った。舟は飛ぶようで「速鳥」と名付けられ、毎朝、都へ井の水を急送した。
「泉-大樹-舟-鳥」という信仰連合の典型話。『応神紀』また【伊豆・逸文】【相模・逸文】にも類話がある。

【摂津・逸文】-ミマナとは、「ミ」御+「マナ」魚の意味という。
【丹後・逸文】-マナの井で八人の天女が水浴した。老夫婦が一人の羽衣を隠し、天女を養女にして酒づくりをさせた。【近江・逸文】【駿河・逸文】にも類話あり。
【常陸・香島郡】-天と地を、白鳥=乙女が往き来した。
【常陸・久慈郡】-長幡部の祖が、人に見られぬよう、闇の中で「烏つ機」を織ったという。
「泉-鳥-乙女-羽衣」の信仰連合。「マナ=魚」や「酒=サカ」は渡来系神話の頻出語素である。なお「白鳥女房」の類話は、シベリア=スキタイ文化にいっぱいある。また「人に見られぬよう機織り」と鳥霊信仰が結びつくと、ごぞんじ「鶴の恩返し」になる。

【山城・逸文】-秦氏の祖は豊かであり、餅を的にして弓を射た。すると餅は白鳥と化し、山の峰に飛び去って「イネナリ」化した。のちに秦氏は神に詫び、これを「イナリ」社として祀った。
★秦氏による「稲荷社」創始の起源譚。もともと稲荷信仰が、稲霊=鳥霊の結合であったことを示している。【豊後・逸文】にもこの類話があり、秦氏の豊国起源を伺わせる。
 なお秦氏が創建に関わったとされる神社は、「稲荷社・八幡社・日吉社・松尾社」などで、この4系統の神社数を合わせただけで、日本神社の過半に達する。影響力は絶大である。

【常陸・多可郡】-ヤマトタケルは野で狩りし、橘妃は海へ出て、獲物を取り比べた。海へ出た橘妃が勝ったという。
「山の男/海の妻」の競争する古神話。かの「海幸・山幸」の原話であり、類話は朝鮮・江南にもある。また北欧神話にも以下の類話。
山の巨人族の娘・スカジは、はじめ神々と敵対していた。のち和解して、海の神ニヨルズと結婚した。しかし夫婦は性格が合わなかった。スカジは山での狩り暮らし、ニヨルズは海の漁暮らしを希望した。二人は交互に山・海に住んでみたが、それぞれ我慢できないで、とうとう別居してしまった)

【常陸・逸文】-雷に妹を殺された男が、雉の助けにより雷を降伏させた。
★ごぞんじ「桃太郎」の原話である。やはり鳥霊信仰の一変型。

【丹後・逸文】-「浦の嶋子」が亀を助け、海中異界を訪れた。
★もちろん「浦島太郎」の原話。中国ふうの神仙譚も混入している。

【淡路・逸文】-日向の「諸県君」なる者が、大鹿に化けて海を渡り来て、娘・髪長姫を応神に献上した。
★これは牛+乙女が渡海するスキタイ系の「エウロペ型神話」である。

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