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02/26/2008

『風土記』ノート②-書紀解論(四十二)

『風土記』註解の2回目です。テーマは「渡来者」「先住異族」
 この2点とも、『記・紀』はさんざんボカしているが、『風土記』は全くあけすけに明記します。
 たとえば『出雲国風土記』は、その巻頭に「新羅からの国引き」を置き、『常陸国風土記』は先住異族(=縄文人)の駆逐を描く。さらに『播磨国風土記』は、これ全編が渡来記事集と言ってよいほどです。
 古代における大規模渡来(民族移動)を否定する人たちは、『風土記』を読んでないのだろうか?

◆「渡来」について
【播磨国・飾磨郡】
-ここに大ミマツヒコをつくって住んでいた。
-この地は韓人(ナラノコチカナ)が開拓した。また韓人首長(オビトのタカラ)が富み栄え、韓式の室屋をつくった。
-讃岐から漢人(アヤビト)またミノ人が来て住んだ。
-新羅人が来たので新羅訓(シラクニ)と呼んだ。
-伊和君の族人が住んだ。
【同国・揖保郡】
-讃岐から女神(飯盛大刀自)が渡って来て住んだ。
-但馬からイズシ君マラヒが来て住んだ。
-韓から「呉のスグリ」が渡って来て、紀伊・摂津また当地に住んだ。
★この全てがミマツヒコ=ミマキイリヒコ集団の渡来伝承。半島から瀬戸内ルートで渡来した大族である。ほかに山陰ルートもあったことや、畿内への拡散も見て取れる。

【出雲国・意宇郡】-巻頭に「新羅からの国引き」を説く。
★もちろん国が引けたわけはないので、実際には人間が渡ってきた。

【伊予・逸文】-ワタシ大神(オオヤマツミ)は「百済からの渡来神」という。
★ワタシ大神とは、三島大社の祭神でもある。「海の渡し神」が「ヤマツミ」を称するのは、つまり海民のヤマ信仰。山民信仰ではない点に注意。

【伊賀・逸文】-もとの地名は「加羅クニ」であったという。

【筑前・逸文】-イト県主の族祖は、「高麗のウルサン」に天下りしたヒボコだという。
イト県主とは、神夏礒媛(ヒミコ)らの北九州王家を指す。じっさい『景行紀』にある神夏礒媛の投降と、『仲哀紀』にあるイト県主の投降は、描写が酷似。
 また『垂仁紀』にあるツヌガノアラシト渡来の記事に、イト県主が「この国の王」として誇っていた-とあるのも注意。

【豊前・逸文】-カハル郡の神は、「新羅からの渡来神」という。
★豊前香春社の祭神とは、「カラクニ息長姫・トヨ姫」である。この一項目だけをもっても、渡来の豊前王族=トヨ=神功という等式は決定的!

【日向・逸文】-クシフの地名は、韓国に渡ってきたカムサワケが粟を植えたことに因むという。
★伽耶・金海国には、天卵降臨神話で知られる「クジ峰」があり、九州の「クシフル岳」がこれの移植であるのは明らか。以下の記事も参考になる。
『神代上紀』-スサノオと子イタケルは、はじめ「新羅のソフル」に天下り、そこから舟で出雲へと渡って来た。
『古事記』-ニニギはクシフル岳に天下ると、「この地は韓クニに向かい…朝日・夕日の射すよい所」と国誉めした。「韓クニに向かい」とあるのだから、このクシフル岳が北九州のいずれかにあったことは自明である。

◆「異族」について
【常陸国・茨城郡】-国栖(土蜘蛛=サヘキ)の描写。土穴に住み、権力に従わない。クロサカ命は彼らを騙し、騎兵で殺戮したという。
【同国・行方郡】-東征したタケカシマ命は、「アマ人」でない国栖らを見つけ、騙して騎兵で殺戮したという。
★「土穴の住居」とは、シベリアで見られる「土小屋=ウテン」と同じもの。むかしツングース族やパレオ=アジア族が用いた竪穴式住居である。もちろん縄文住居もこの型に属している。ここで征服者が「アマ=サカ」の名を持つことは重要。
 それにしても…征服者の先住民蔑視は、実にひどい。騙し討ちだし。

【肥前国・値嘉郡】-西海の異族「白水郎=アマ」の記述。牛馬多く、騎射が巧みで、容貌が隼人に似るという。
★きわめて重要な記事。白水郎=アマの描写は、「騎馬民族」そのものである。新羅(シラ)系海民の別派であろうか? これが「隼人似」というのならば、渡来の騎馬文化が隼人族にも及んでいた可能性が疑われる。じっさい『景行紀』の熊襲たちは、アツカヤ・サカヤ・イチフカヤ・イチカヤと、みな「伽耶」名を持っている。

【日向・逸文】-新羅還りの神功が、地中から異族「頭黒」を掘り出し、神人としてこき使った。この種族はたくさんいたが、酷使と疫病によって壊滅し、ついには二人のみになったという。
南方系縄文人(オーストロネシア系またはアウストロ・アジア系)の酷使と壊滅の記録である。まるでインディオの運命を見るようで、悲惨である。

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