03/27/2005

黒マリアとテンプル騎士団-聖者の偶像⑤

mari-noir いよいよ「聖者の偶像」論も終回です。今回は、田中仁彦『黒マリアの謎』(岩波書店)という面白い本があるので、これをネタに一席ぶちます。

 〈黒マリア〉とは、主にフランス中・南部の山中で祀られている、特異な型の聖母子像です。50-80㎝の小座像で、たいてい肌が黒塗りされているのが特徴です。いかにも木訥な雰囲気をたたえており、十世紀以前の土俗信仰を遺したものと考えられます。
 〈黒マリア〉の大きな謎は、こうした像の出現・伝播が、正統なキリスト教美術史の流れによっては説明できない-ということです。
 ここですごく大ざっぱに教会美術史を整理すると、

①古代の教会美術-平面の絵は認めるが、立体像は禁忌の時代。そこで「聖図=イコン」ばかり造られた。とくに東方「正教会」がよくこの伝統を残している。
②ロマネスク-11世紀・南仏から起こった様式。簡素で力強い「浮彫り」像が特徴。
③ゴシック-12世紀のフランス出現。おどろおどろしいほどに豊かな「立体像」が溢れる。熱烈な聖母崇拝も特徴。
④ルネサンス-14~16世紀。ギリシア=ローマ的な写実・均整の美意識の再発見。

 さて黒マリアは、見た目は③ゴシック的だが、時代としては、まだ立体像がほとんどなかった②ロマネスクに先行してます。これはどういうことでしょう?
 そのうえ実は中世には、教会は黒マリア信仰を目の仇にしていました。多くの黒マリアが教会から追い出されたり、焼き捨てられたりしたのです。
 そうだとすると、黒マリアは、ほんとうにキリスト教の「聖母」マリアの像なのでしょうか?

 こうした疑問の詳細は、田中氏の前掲書を見ていただくのが一番だが、ここで結論から言ってしまうと、黒マリアはキリスト教「外」のものです。それはケルトの土俗信仰に根ざしている。つまり異教の地母神なのです。
 キリスト教の内側に「ヨーロッパの土俗信仰」が深く浸透していることは、前回④でも述べました。一見奇怪な黒マリアは、まさしくこの類の要素なのです。
 そしてさらに重要なのは、中世フランスに突如「ロマネスク→ゴシック」様式が勃興したのも、実はこうした「異教要素」が教会の内側へ侵入した結果ではないか…と考えられることなのです。とりわけゴシックの怪奇趣味は、そうであるよう思われます。
 黒マリアは、たいてい「聖母マリア」でなく、「我々の母=ノートル・ダム」と呼ばれました。実はこれも異教時代からの地母神の呼称なのです。「黒」は生命を産み出す大地の色、そして闇と死の色です。
 異教要素との融合によって、ヨーロッパ=キリスト教が「第二の誕生」を果たした時、それがゴシック時代なのです。

 ゴシックの12世紀、フランス各地にとつぜん「ノートル・ダム」の名を持つ大寺院が一斉に出現しました。これまた奇妙なことですが、これら大寺院建築のスポンサーが何者だったか、今に至るもわかっていません。膨大な資金が動いたはずなのに…です。
 田中氏の前掲書では、これら「ノートル・ダム」寺院を造ったのは、かのテンプル騎士団ではないか…という説が紹介されています。
 テンプル騎士団。これは「十字軍」のために設立され、戦争略奪、また交易や金融まで手を広げて富強を誇った、超国家的組織です。聖ベルナルドゥスのシトー修道会とも密接な関係を持っていました。
 この騎士団は、ついにはフランス王権から邪魔にされて、異端集団だと告発され、抹殺されてしまいます。全ての記録も焼かれたといい、闇に葬られてしまったのです。なるほど彼らの財力ならば、あれほどの大寺院群を建てることもできたでしょう。というか、当時のフランスには、彼らテンプル騎士団のほか、そんな資金を持った者はなかったのです。
 さて彼らテンプル騎士団が異端だといわれたのは、本当のことでしょうか? 多くの史家は、それはフランス王側のでっち上げ、冤罪だったと見ています。
 ところが、驚くべき説があります。テンプル騎士団は実際に異端であり、その本性は「黒マリア崇拝教団」だった…というのです。
 ヨーロッパ民衆の土俗=魔術精神は、それまで千年の長きに渡って教会に抑圧され、無意識の闇に潜っていました。その無意識の爆発が、十字軍の熱狂と、「聖なる魔術的組織」テンプル騎士団を生み出し、さらに彼ら騎士団が、無意識の「女神崇拝」と「怪奇趣味」を具象化したゴシック革命を造り出した…。全てがつながる説明ではありませんか。
 ところで以上の現象は、二十世紀にやはり「民族の無意識」の爆発として起こった魔術的ナチズムと、なにやら相似っぽいですね…。

 テンプル騎士団は抹殺されたが、その残存勢力は闇に潜って、ずっとこの現在まで、続いてきたといわれています。
 たとえば悪名高い薔薇十字教団=ローゼンクロイツ。あるいは国連創設にも関与したといわれるGBU。そしてグレース・ケリーとダイアナの暗殺関与が疑われるホーリー・テンプル教団。さらにはあの『ゴルゴ13』が雑誌では描きながら、単行本には収録できなかったというイワクつきの、ユダヤ=キリスト教カルテル「P2」…。
 ヨーロッパ=キリスト教の裏側にも、魔術崇拝の暗流が脈々と流れてきた…のかもしれません。

 ああ。また薄暗い話になっちまったい。何でいつもこうなるかなー…。

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03/23/2005

キリスト教の魔術性-聖者の偶像④

 キリスト教は不思議な宗教です。ふつうユダヤ教・イスラム教と一括りにして〈一神教〉といわれるが、よく見ると、これだけが他とたいへん違っている。
 まず前提として確認しておきますが、ユダヤ教とイスラム教は瓜二つの宗教です。今は国際政治上、両者は仇敵となっているが、これはたかだか大戦後・イスラエル建国からそうなったこと。ほんらい両者は、割礼・食餌規定・偶像禁止など、区別がつかないくらい似てます。キリスト教だけが違うのです。いま列挙した三規定とも、キリスト教にはありません。
 いやいやキリスト教だって、「偶像禁止」は言ってるよ…って人は言うかもしれません。異教の神々の像を造ってはならないって。
 けれども本来、ユダヤ=イスラム教のいう「偶像禁止」とは、「神聖なものをかたちに造らない」ということなのです。「かたち=イメージの魔術」の拒否。これは超越性一神教の重要な争点です。神は高次元の抽象存在であるのだから、人間のイメージに変換できない。これがユダヤ=イスラム教の信条です。シナゴーグやモスクには「聖図像」美術はありえません。
 それがキリスト教わけてもカトリックの教会だと、「磔刑像」「聖母子像」「聖者像」「天使像」…など、何とカタチの賑やかなこと。これらはまさしく「偶像=イメージの魔術」であり、明白にほんらいの「十戒」に違反してます。
 一体どうしてこうなのでしょう? キリスト教はほんとうに〈一神教〉なのでしょうか?

 系譜的に言うならば、ユダヤ教は「母」であり、キリスト教とイスラム教はその娘「姉妹」ってことになります。そして「母=ユダヤ教」と「妹=イスラム教」はたいへん似ている。ただ「姉=キリスト教」だけが、両者にちっとも似てません。
 まずこの理由は「育ち」にある。妹は母と同じ家(東地中海-中東)で育ったのに、姉の方はよそサマの家(西地中海-ヨーロッパ)で育ちました。
 さらに正確を期して言えば、じつは姉は「血筋」も怪しい。この姉つまりキリスト教は、ギリシア語圏のエーゲ海岸で発生し、その聖典(新約聖書)はギリシア語で製作され、さらにローマの帝国権力によって組織・宣教されました。
 こうした事情を象徴するのが、キリスト教神学の始祖パウロです。彼は亡命ユダヤ人の子で、ギリシア語とその文化を身につけており、加えてローマ市民権を持ってました。
 キリスト教は、初めから、「①中東一神教の抽象概念+②主知的なギリシア文化+③ローマの法と権力体系」の混血体として登場したのです。

 さて我々がみるキリスト教は、以上3つの他になお、第4の要素を色濃く持ってます。それが「④ヨーロッパ土俗の魔術性」です。これは先にも述べたよう、キリスト教がヨーロッパで育ったことから身についてしまったものです。今編で扱っている「聖者崇拝」は、まさしくそのような要素なのです。
 中世の聖者崇拝の実態から、その魔術性の特徴を見てみましょう。

呪物崇拝=フェティシズム
 そもそも聖者崇拝は、実際にはほとんど「聖遺物崇拝」というかたちを取りました。たとえば、霊験あらたかなドクロがある。そのドクロさまにお供えしてお祈りすると、病気も治るし願いがかなう。そこで「これは聖**様のドクロである」て話になる。こんなことで聖者が一人創り出される…って構図です。手っ取り早い金集めにもなるもので、坊さんたちはいっぱいこんなのをこしらえました。
 もちろんドクロばかりではない。巨石・泉・洞窟とかでも、聖者がらみの伝説をこじつければ、何でも拝んでいいことになる仕組みです。こうして古代の異教聖所が、そのまま聖地に化けた例が山ほどあります。
 ひどいのになると、ネコの墓とかウ○コまで、「聖**」として崇められてた例があります。もう何でもいいやって感じですね。

神聖略奪=フルタ・サクラ
 聖遺物が金になるとなれば、しぜんその奪い合いも起こりました。隣村の教会にゃー霊験あらたかな「聖**」様の死体があるそうだ。そんならちょいと分捕ってきて、ウチの教会に飾るべえ…って具合で、ちょっと「一部」を盗んできたり、殴り込んで強奪してくるのです。これを「神聖略奪」といい、立派な信仰の行為(!)だとされていました。
 これもさらにひどくなると、あの街にゃ徳の高い坊さんがいて、死体はいい聖遺物になりそうだ、そんならブッ殺して運んで来るべえ…ってところまでエスカレートする。
 これは極端な例としても、えらい坊さんがもう死にそうだと、隣室に人々が押しかけて来て、「頭はこっちに寄越せ」「右腕はウチがもらってく」とか議論しながら、みんなで刃物を研いでたそうです。いやはや聖者も楽じゃない…。

異教との習合=シンクレティズム
 とにかく「聖**」と名さえつければ、何でもOKなのだから、実は多くの異教神たちが、見かけだけ変えて聖者のうちに紛れ込みました。たとえばマリア信仰が、各種の地母神崇拝を取り込んでいることは、よく知られた通りです。
 聖ルチアが「光の女神」であったことは今編①でも述べました。他にも天使ミカエルは、地中海のメルクリウス神、またケルトのルフ神を吸収してます。聖ボネはケルトの太陽神、聖ブレーズは同じく死神の変化です。さながら日本中世の「本地垂迹説」みたいですね。
 塩野七生『神の代理人』では、カトリックはじつは多神教なのだと、ローマ教皇の口から告白させていました。少なくとも中世民衆のレベルにおいては、全くその通りだったと思います。

 日本人から見て、ユダヤ教=イスラム教は乾ききって取っつきにくいが、キリスト教はだいぶ馴染みやすいところがあります。それはまさしくキリスト教が、多神教的な魔術要素をたっぷり含んでいるためでしょう。
 抽象原理と原始的呪術の融合。キリスト教の絢爛たる造形美術は、この幅の広い二重性によって可能になったものなのです。

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03/17/2005

血みどろの聖者たち-聖者の偶像③

sebastian
 聖者のイメージ論、三回目です。
 この方面で貴重な資料が、J.ベントリー『聖者カレンダー』(中央出版社)。高価本なので買ってないけど、西洋人にとっては身近な聖者が一体どんなもんなのか、豊富な図版で教えてくれます。
 それでこれ見てまず気づくのは、いやはや聖者らの血みどろなこと。残虐惨憺すごい趣味です。
 たとえば今編①でも触れた聖アガタ。彼女は自分の切り落とされた両乳房を、盆に乗せて持ってたりする。それから有名な聖セバスティアヌス(セバスチャン)。あの矢だらけのハリネズミ絵を、みなさん見かけたことがあるでしょう? それでも顔は「信仰の悦び」に輝いちゃって、目つきがウットリしていたり。ラフ絵つけようと思ったけど、僕は痛そうなのイヤなので、大根にしちゃいました…。

 ふつう「SMの起源」ていうと、サド侯爵てことになるわけだが、非-西洋人たる僕たちから見るならば、それ以前にキリスト教の「聖者崇拝」こそモロにそうだろ…って思えちゃいます。もろもろの聖者聖女が「自分の処刑された道具」を手に持って行進してる…って図柄もあり、うわグロテスク!て思わず引いちゃう。まあイエスさんからして「十字架」をシンボルにしてるわけで、それと同じなんですけどね。
 ずいぶん古い映画だが、たしか『モンティ・パイソンのジャバー・ウォッキー』て中世のパロディ作でも、「殉教したがる人々」が出ていました。民衆たちが喜び競って火あぶりになりたがるっていう…。何ともブラックな笑いですねー。
 それはキリスト教以前から、拷問も処刑もあったには違いないが、それを美意識(?)に昇華したのは、キリスト教の功績(??)です。
 ユングの女弟子、マリー=ルイーズ・フォン・フランツは、
「キリスト教が起こって、悪の原理に一種の悪の精神が加わった。これは以前なかったものである」
 と言ってました。聖者崇拝に見られる「被虐パラノイア」こそは、まさしくそうした例でしょう。

 ところであれほどの殉教惨劇は、みな本当にあったことなのでしょうか?
 僕は怪しいと思ってます。たとえば①でも述べたよう、聖ルチアは異教女神が起源であって、実在の人物とは思われない。それでも彼女も「殉教」したことに、伝説ではなっています。
「子供の殉教聖者」てのもいて、これは「森の中に迷い込み、悪いユダヤ人に鍋で煮られて食べられちゃった」というのです。前記『聖者カレンダー』では場所・日付も特定され(僕は忘れた)、まるで実在の事件のようです。
 しかしこれは、中世ヨーロッパでは至るところに流布していた、いわゆる「都市伝説」の一種なのです。問題なのは、それだけでなく、これがデマとしてパッと広まる、そうすると群衆が怒り狂って、ユダヤ人街に押し掛けて虐殺のやり放題…という事件を繰り返し起こしてきたこと。
 〈殉教〉被害妄想は、現実の次元では、暴力の発動装置として作用してきた面があります。
 これと同様の例は、近代アメリカでも頻繁に起こってきました。つまり、

「少女」「若い母親」などが、「町はずれ」「橋の上」などで、黒人によって「輪姦」「虐殺」されたというデマが広がる。
→怒り狂った白人市民が、街なかで片っ端から黒人を襲ってリンチ。

 こういう事件がイヤになるほどたくさん記録されてます。古代においても同じです。たとえば415年、アレクサンドリアの女数学者(ピュタゴラス派)ヒュパティアは、キリスト教徒の集団に襲撃され、全身を引きちぎられ屠殺された…といわれてます。
 絶対的な〈被虐〉意識は、そのまま無制限の〈復讐〉暴力に転化してしまうのです。

 かつて哲学者のジル&ファニー・ドゥールーズは『情動の思考』で、「無垢なる犠牲の子羊」という自己意識こそが、血も涙もない虐殺者を生み出すのだ…と述べていました。
 そんなわけで二重の意味で、キリスト教徒でない僕は、血みどろ聖者像の羅列を見て、いささか寒気がするのです。

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03/13/2005

「聖書」にいないスザンナ-聖者の偶像②

 前回「三大聖女」を取り上げたので、ちょっとそれに引っかけて、西欧美術でよく見られる聖者伝説の話をします。

 僕はキリスト教が好きではないが、それでも高校一年の頃、聖書を初めて通読しました。読んだ理由は二つあります。一つは西洋文学を読んでいると、至る所にその知識がバックグラウンドとして出てくること。二つはやっぱ西洋の絵を見てると、画題に聖書ネタが多いことです。
 特に画題は気になりましたねー。「ダビデとゴリアテの戦い」って何だろう?とか、生首さげてるユディットって何者?とか。
 それで熱出して学校休んでた三日間に、ぶっ通しで読んだわけです。異教徒を「殺せ殺せ」の連続で、モロ気分が悪くなった…。読んだ方はおわかりでしょう? とりわけ『ヨシュア記』『士師記』『サムエル記』あたりとか、『黙示録』とか。あんな残虐なんを「聖典」てありがたがる感性は僕にゃーわからん。血みどろな感じですね。
susanne
 で…それはそれとして、キリスト教美術の話です。
「画題」で目立つものの一つが【水浴するスザンナ】ってヤツ。またラフな絵をつけてみました。こんな構図、よく見るでしょ。
 これ気になってたんだけど、実は新旧聖書を全部読んでも、どこにもこんな話でてきません。「何で?」と僕は不思議だった。
 実はこれ、聖書「正典」の話じゃなく、いわゆる「外典」ネタなのです。出典は『ダニエル書の補遺』。ジジイどもが痴漢をやって、挙げ句に相手の女を陥れようとするが、悪事がバレて処刑されちゃうって話です。
 これ多分、もとは宗教と関係ないペルシアあたりの宮廷説話で、それが信仰譚に改造されたものでしょうね。たとえば正典の『エステル記』などと同じように。

 他にも「外典」ネタの画題は多くあります。一部を挙げると、
【少女マリアの宮参り】→幼いマリアちゃんがエルサレム詣でをしたって話。出典は『ヤコブ原福音書』。これ全編マリアさん伝説です。
【クォ・ヴァディス?】→ローマを逃げ出そうとした使徒ペテロが、イエスに出くわして殉教するために引き返したって話。出典は『ペテロ行伝』。
【兵士ロンギヌス】→イエスを殺したローマ兵の名前ですが、これを書いてるのは『ニコデモ福音書』です。たぶんカエサルを殺した〈暗殺者〉カッシウス・ロンギヌスの名前から連想されたものでしょう。余談だが、ユリウス・カエサルもイエズス・クリストゥスも、イニシャルは同じJC。
【インドの使徒トマス】→出典は『使徒ユダ・トマスの行伝』。

 なんと「外典」ネタの多いこと…。これから気づくことが二つあります。
 一つはキリスト教においては、教会によって「正典」「外典」がはっきり差別されてるってこと。これがたとえば仏教典だと、インド産あり中国産あり日本産あり、その内容も玉石混淆、ぶっちゃけ言って何でもアリです。けれどもキリスト教においては、教会権威が厳しく「正邪」を分けている。古代のキリスト教文書であっても、公認されなかったものは「外典」に落とされたり、さらには「異端」文書として焼かれたりしてきたのです。
(それでも新約聖書とか、「なぜこれが公認なの?」ってヘンなのもあるけどね。たとえば『ヘブル書』とか。あのルターも「こんなもん藁束の書だ! 燃やしちまえ!」って怒ってたらしい…)
 気づくことのもう一つは、そういう教会の「差別」にも関わらず、実は「外典」もずいぶん読まれてきたってことです。画題におけるこの人気を見ればわかるでしょう。

 まあ画家たちにしてみれば、実は出典なんかどーでもよくて、ただかこつけてヌード描きたかっただけ…って気もするけど。ラファエロ描くマリアさんも、あれみんな彼の愛人顔であるらしい…。

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03/10/2005

ヨーロッパ三大聖女-聖者の偶像①

les_3_saintes
 ちょっと前〈寒梅〉という詩を書きました。とにかく僕は梅フェチなので。
 で…その中で「聖アニェス」「聖ルチア」て名前を使ったわけですが、これ、意味わかんない方もいるかと考えて、また我ながら解説します。

 この二人、これにもひとり聖アガタってのを加えたのが、いわゆる「ヨーロッパの三大聖女」です。もちろんキリスト教のです。その三人のイメージは、

【聖アニェス】-無垢な少女。神の花嫁。犠牲の子羊。純潔…ってところです。「あたしは神様と結婚すんの!」とか無茶を言って、殉教したことになってます。通俗的には「おつむの弱いロリータ」ってイメージもあるみたい。なおアニェスは仏語名。英語のアグネスです。
【聖ルチア】-古代異教の「光の女神」が、まんま「聖女」に化けて生き残ったもの。この話、たしか〈X'masの起源〉でも書いたなあ。その象徴は「燭台」で、冬至・降誕祭・聖燭節(二月三日)など、ヨーロッパ各地で彼女のお祭りが行われます。Luciはラテン語「光」です。英語ルーシィ、仏語リュシィ。イタリア語でサンタ・ルチアですね。
【聖アガタ】-塔の聖女。つまり塔に幽閉されて、陰惨残酷な拷問を受け、血みどろで殉教した…って伝説です。聖人聖女にはこーいうグロテスク趣味がつきもので、日本人にはかなり理解しがたい。なぜか都市と軍隊と監獄の守護者だそうで。なおアガタはドイツ語名。英語アガサで、仏語アガート。

 ラフ絵をつけてみましたが、右がアニェス、真ん中ルチア、左がアガタです。
 ちなみに僕はキリスト教徒ではありません。信者の方、怒らないで。

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